SCENE001



■現在

礫砂漠と化したかつて繁栄した都市の死骸と、その死因たる樹海を赤く染めて夜が明ける。
樹海はビィの住処。ビィは人の造った人の天敵。麗しの妖女。
「そろそろだな」
ヨシアが、コクピットのモニターを通して樹海を見据える。
僅か2日前の炎の跡を、もう、緑が隠し始めている。その生命力を内包させた常夜の世界が湿っぽい吐息く。
「出発の時間だ」
「……」
「出発の時間だぞ」
「……」
返答が無い。
「おい、トキヤ!」
「はあ、あああっ、なーに」
やっと、眠そうな声で。
「機動装甲の中で眠ってたのか」
「へへへへへ」
「達人だな」
「だって、寝不足なんだもん」
「早く寝ないからだ。そんなに遅くまでなにやってたんだ」
「黒王の整備」
黒王は、ヨシヤの起動装甲である。
「……すまん」
「いいってことよ」
トキヤは、寝ぼけた目をこすって、機動装甲のモードをアクティブにする。
「うん。結局、約束どーりの日時になっちゃったね」
「俺達は義理堅いのさ」
「そうだね」
木々の間を吹きぬける風は、甲高い声で新たな侵入者へ手向けるレクイエムを歌う。
樹海に対峙してたたずむ白と黒のニ体の鋼の巨人。
機動装甲は、物怖じせずに聞き入っている。
「トキヤ、準備はいいか?」
「ボクはいいけど……ヨシアの黒王はハッチが開いたままだよ」
「俺も黒王も暑がりなんだ」
その割に黒王と呼ばれた黒い機体の背中は、直にバチンと閉められた。
「2人ともいいの?」
背後に浮かぶ飛空艇から女の子の声。
「いいよ、ミナミ」
「ところでヨシア、あんた歩いて樹海に入るの?」
そしてもう一人の女の子の声。
「んっ、俺?」
ヨシアは、モニターで飛空艇を見た。
ずんぐりとした飛空艇のプロポーションは、機動装甲2機の格納庫が片側あるので左右非対照である。そして艇を前から後ろへと一直線に貫く精霊砲の発射口と駆動式の自動刻印を兼ねる刻印筒からは、後ろの風景が覗く。
「カレン、俺の黒王は、トキヤの白虎と違って飛ないぞ。知らんのか?」
「知ってるわよ」
「だから、歩くのかって聞いてんの!」
「飛空艇で空から行くに決まっとるだろミナミ、お前はバカか?」
「バカはお前だヨシア!飛空艇で行くならわざわざ格納庫から出すな!ドアホ!」
飛空艇の操舵室では、青筋を立てたミナミが、飛空石に映る黒王に向かって怒鳴る。
「わかっとらんなミナミ、最初から格納庫に入っていては格好がつかんだろ」
「あんたの格好なんてどーでもいい!」
「ミナミが切れる前に早く格納庫に戻した方が身の為よ」
「もう、切れてるわよ」
「へいへい」
ヨシアは黒王を歩かせ飛空艇の下に。
「ロスタイムだぞヨシア」
トキヤの白い機体、白虎の肩に小さな妖精。光羽根をパタパタさせる彼女もプロテクターに身を包んで戦闘準備OKな状態。
「モナモナも飛空艇」
白虎のゴツイ指が繊細な動きで飛空艇を指差した。
「えー、たまにはいいでしょー、師匠の頼みを聞けないの」
口を尖らせて白虎の眼を覗き込む。
「師匠は、小さいから樹海に落としたら探すのが大変だよ」
「もー、あたしの方が強いのに」
「はいはい」
「トキヤのケチー。後で蜂蜜たっぷりのホットケーキだぞ」
「分かったよ」
「約束だぞ」
やっと納得したモナモナは、高価で取引きされる幸運のアイテム[光の粉]を惜し気もなく撒き散らして飛空艇へと戻った。

「いいみたい」
「じゃあ、出発」
飛空艇の操舵室の中心に浮く半透明の赤い石球、飛空石。飛空艇の全てを司る力の源である。
その両側に向かい合って座っている女の子が2人。ミナミとカレン、彼女達が操艇の為の法術を使う。
「ボクが先に出るよ」
飛空石に映る白虎からトキヤの声。白い機動装甲の背中に光が集まり、モナモナと同じ光羽根が開く。
「ちょっと待って、ほら、村長さん達にビンゴがいるよ、見送りに来てくれたんだ」
ミナミの声に白虎ごとトキヤは振り向いた。村を守る堅牢な城壁の門の前に、この村の七神教会の院長を兼ねる村長とその孫のマナミ、若き武装商人のビンゴとその秘書のユカリがいた。村長達は手を振り、ビンゴは黙って親指を突き出す。
「心配無いよ」
トキヤの白虎もその仕草を返し、また樹海に対峙した。
「行くよ」
精霊達が光の粒子を持ち寄り、光羽根を造る。
白虎に内臓された円盤式の自動刻印が印を結び、更に美しく輝かせる。
トキヤは、操縦桿を握ったまま印を結んだ。
砂を巻き上げて一気に上空へと駆け昇る白い人型機動装甲、白虎。
「こっちも行くわよ」
「了解!」
続いて飛空艇も刻印筒の輪を回転させた。
飛空石と法術の力によって、ゆっくりと上昇を開始する。矢のような白虎に比べると亀のように鈍重な滑り出しだが、徐々に速度を増した。

星の丸さが分かるほど、まっすぐに上昇した白虎から、トキヤは彼方まで広がる緑の地平を目にした。
地の大陸33ヶ国の中でも大国に数えられる蹄国の大地も、その半分以上をこの緑魔、樹海によって蝕まれている。
「遠くだけど、いる……」
トキヤの目は、一点を睨む。
「障壁の外からでもこれだけの気配か」
「それだけ巨大な集合体なのね」
白虎の後ろに着いた飛空艇からミナミとカレンの声。トキヤは黙ってうなずいた。
「正規のハンターを半殺しにしたんだ、当然、普通じゃないさ」
ヨシアの声も混ざる。
「障壁を越えるよ」
トキヤは、樹海を指差した。その目前にある見えない壁、樹海障壁はビィを樹海内に封じる結界である。いまは失われた統一帝国時代の古の法によって造られた永久法術。
人には影響せず、ビィには越えられない壁となる。その効果は、七神教会の正史に『もし樹海障壁が無くば、地の大陸に人は無し』と書き示されている。
「油断するなよトキヤ」
ヨシアは、黒王に乗ったまま格納庫に仕舞われている。
「うん」
トキヤの白虎が、樹海障壁を越えてビィの領域に侵入する。
同時に、装甲に刻まれた永久刻印が顕著化し、神代文字の魔法陣が浮き上がり機体全体に広がった。
機体に内臓された駆動式の自動刻印板も、唸りを挙げ秒間6000を越える結界の法術印を結ぶ。
白虎が陽炎のように揺らいで見えるのは、それら法術印が、空間を歪ませるほど強力な保護結界で装甲を包み込んだからだ。
「見つけた!北北西35キロ」
トキヤに僅かに遅れて飛空艇も樹海障壁を越える。
こちらも刻印の刻まれた輪の連続である刻印筒が、それぞれの輪を逆方向に回転させ、白虎をはるかにしのぐ強大な法術結界を張る。
「ちょっと待って!これって、集合数1000を越えてるわよ!」
「こんなのアリなわけ?」
ミナミとカレンの緊張した声。
「おいおい、桁を間違ってないか」
格納庫からヨシア。
「バカ、あんたには分かんないの!」
「俺には良く分からんが」
「1000よ! 1000! 10の100倍の1000!」
「本当かよトキヤ!100の100倍ってのは!」
「それじゃ1万だよヨシア」
「そんなことはどーでもいい!ホントに1000の集合体なんだな?」
「間違いないよヨシア、ボク達がこれまで倒したビィとは本当に桁が違う」
トキヤ達がこれまで倒した最大のビィは、集合数200である。それだって、近年に確認されたビィでは最大級なのだ。
「もうビックリだよ、樹海の外からはせいぜい100程度だと思ったんだけど、根を広く張って気配を分散させていたんだね」
モナモナが分析する。やっと操舵室にたどり着いたらしい。
「まあ、俺様には大きさなど関係ないね」
「アホだから?」
「違ーう!俺様の強さを見くびってもらっては困る」
「あたしは困らないわよ」
ヨシアとミナミの掛け合いに笑みを浮かべたトキヤだが、すぐに鋭い眼光で一点を睨む。
「行くよ、まずはこの目で確かめよう」
白虎は光羽根を大きく開き、進路を北北西に定めた。




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Mambo Nekoyanagi