SCENE004



■現在

最大に近い速度で飛行する白虎は、巨大な気配を隠そうともしないビィのフィールドに接近した。
光羽根を開いた白虎は、機動装甲から精霊のけん族となる。それはビィの天敵。
「来るぞトキヤ!」
はるか後方に引き離した飛空艇の格納庫からヨシアが叫んだ。モニターを通しての視界は、かなり限定されてしまうが、その代わり気配には敏感になる。
「わかってる!」
樹海が膨らむ。
ドドーン!
平均が優に50メートルを優に越える巨木が、小枝のように弾け飛び、白虎をかすめ、宙に円の軌跡を描く。
「お出ましだね」
白虎は、空中を旋回して地中にうごめくモノの様子を伺う。
眼下の樹海は、見渡す限り大海原のようにうねる。しかし、まだビィの本体は樹海に沈み、姿を見せない。
「形はどうだ?」
「まだ分からない、あっ!」
「どうした!」
ビュュッ!
白虎を四方から挟み込むように鞭が樹海から振り上げられた。それも、白虎の倍はあろうかという太さのものが。
「くっ!カーム、フリント、コハク我が下に集え」
鞭の先端が音速を越える衝撃波。
ドンッ!
それはビィの個体が寄り集まり、身体を組み合わせることにより完全に一本の鞭として機能していた。その四本の鞭が四方から白虎に打ち降ろされる。
バシュンッ!
大きな炸裂音と共に、鮮やかな赤い霧が空を汚した。
それは、白虎を守る風、火、地の三重結界に触れた四本の鞭が弾けた音。
瞬間、ビィの個体にバラけ、美しい少女の姿となって肉片と血を撒き散らし、更に砕けて赤い霧となって消える。
千切れた鞭の残りは、また樹海の中に沈んでしまう。
「大丈夫か」
「何とも無い。飛空艇はビィのフィールドには入らない方がいい」
「それじゃ俺様の出番が無い!」
「形が不定形のままなんだ、まだ変形の途中だとしたら厄介だから」
「様子を見るのね」
ミナミの声も混ざる。
「流石に集合数1000にもなると、一目では全容が掴めないか」
「そういうこと」
結界をまとった白虎は、不浄の血にまみれることもなく旋回を続ける。自らを囮にすることによって、ビィの本体を引きずり出そうとしていた。
「まだ、根を広げたままなのか?」
ビィの気配は、恐ろしいまでに広範囲に広がっている。形も不定のままだ。
「次の攻撃が無いな」
「警戒されたのかも」
「結界が強すぎるんじゃないのか」
「これ以上、弱くしたらこっちに被害が出ちゃうよ」
「白虎は旨そうに見えないんだろ、飛空艇を進ませてみる」
「危ないよ」
「なーに、結界はこっちの方が上だろ。そーだよなミナミ」
「それは、そーだけど」
「この集合数にどれほど通用するかは保証の限りじゃないわよ」
「それに白虎ほど逃げ足は速くないし」
「なーに、俺が囮になるさ」
「そこまで言うなら、ヨシアの言うとーりにしてみたら」
モナモナが決める。
「無茶しなきゃいいけど」
トキヤは、操縦席で一人呟いた。

「ほう、こりゃでかいな」
飛空艇がビィの支配するフィールド上空に入って来た。トキヤの機体の後方に位置し、格納庫のハッチを開いて黒い機体、ヨシアの黒王を釣り下げる。
「なにやってるの、ヨシヤ!」
トキヤが驚きの声を上げる。
「囮だって」
モナモナが答える。
「生餌にならなきゃいいけどね」
ミナミも呆れた感じの声。
「いっそ、生け贄にしちゃおうか?」
「コラコラ、カレンお前の声に半分本気を感じるぞ」
「半分じゃないわよ」
「余計に怖いって」
「怖いなら、最初からやらなければいいのに」
白虎は、少し離れた低空を飛ぶ。
「いや、俺様はリーダーだからな」
狭い操縦席でふんぞり返るヨシア。
「来るよヨシア!」
「分かってる」
トキヤの叫びにヨシアは、うねる樹海の一点を見た。
バシュッ!
バシュッ!
バシュッ!
半透明の塊が次々と撃ち出される。
「何だ!」
「溶解液よ!」
新しい標的を察知したビィが、樹海からゲル状の溶解液を飛空艇と黒王に向けて、まるで高射砲のように撃ち込む。
プシュッ!
「ふっふっふ、効かないぜ」
金属を簡単に溶かす粘液も、白虎とは桁違いの防御力をまとう飛空艇の結界に阻まれて接触した瞬間に蒸発する。勿論、ヨシアが造り出しているわけではない。
「でも、量が多過ぎる!」
「全部、消せない!」
止むことのない激しい砲撃にミナミとカレンが悲鳴を挙げた。もう、砲撃というより、放水に近い状態。
「根性が足らんぞ」
「あんたに言われたくないわよ」
「少しはどーにかしてよ」
「ぶら下がっているだけの俺様にどーしろというのだ」
「じゃあ、黙ってろ」
「……はい」
飛空艇の結界に触れても蒸発し切れない溶解液が、次々と水アメのようにこびり着き、ぐつぐつと煮立ちながら、結界の数倍の大きさにまで膨れ上がった。
「重い」
「このままじゃ高度が保てないよ」
「防御は完璧なんだけどね」
モナモナもただ飛空石の映し出す映像を見てるだけだったりするが。
「トキヤ、元を絶ってちょうだい」
一応、指示は出す。
「了解」
空中の白虎が腕を横に払うと、眼下の樹海に炎が一直線に走り、緑をたたえた巨木が一瞬にして灰となる。発射を続けていた溶解液の砲撃も沈黙した。
「ありがと」
ミナミが飛空石に向かって両手をかざすと、飛空艇の結界がブルっと震え、付着していた溶解液がズルっと落ちる。
「よし、俺様の出番だな」
「はっ?」
ミナミが黒王を飛空石に映して確認するよりも早く、
「俺が降りて、本体をいぶり出すぜ!」
ヨシアは、黒王を釣り下げるジョイントを解放した。
「待って、ビィは」
トキヤが叫ぶが、既に遅く。
「あと、よろしく!」
黒王は、直立の姿勢のまま高度差、約300メートルを落下、樹海に吸い込まれた。
「ビィはもう見えてるのに……」
トキヤは、急いで黒王の沈んだ辺りをサーチする。
「あのバカは」
ため息を着くモナモナ。

黒王は、巨木の枝に弾かれることもなく、苔で覆われた暗い樹海内に下り立った。
「おおっ、何だこの揺れは!」
ヨシアは、大地震の真っ只中のような樹海内の様子に、今更ながら驚いていた。
「当たり前でしょう!」
「上から見ただけで分かるわよ」
今更ながら、呆れ顔で応答するミナミとカレン。樹海の木々のうねりは、飛空石に映した映像だけで十分に分かる。
「でも、様子が変だぞ」
とてつもない揺れの割に、木々や地面には破綻が無い。普通だったら地割れや倒木がある筈なのに。
「イリュージョンだよ」
黒王の操縦席にトキヤの声が響く。
「イリュージョン?」
「もう、ビィは見えていたんだよ」
「まだ、いぶり出してないのにか?」
「そういうこと」
「えっ、何処にいるの?」
「あたしも分かんないけど」
ミナミとカレンの声も混ざる。
「あんた等も分かんないの?しょうがないわね、トキヤ、この子達にも見せてあげなさい」
モナモナが飛空石を睨んだ。
「うん」
返事をしたトキヤは、白虎の手を使って印を作った。
「アース」
地の精霊王の刻印を中空に作る。
「おおっ!」
樹海の中の揺れ動く黒王の周囲が光りに包まれそれが四方へと広がる。
「よく見て」
白虎の指が動き、次ぎなる印を結ぶ。
「うわっ!」
ヨシアは、あまりの眩しさに目をかばう。
樹海の木々も地面も色を失い光の渦に飲み込まれた。
そして、本当の風景に置き変わる。
「なっ」
「これは」
飛空石に映った樹海の様子に絶句するミナミとカレン。
「わっ、裸のねーちゃんがいっぱい」
茫然とするヨシアの黒王の周りには、美しい全裸の少女がひしめきあっていた。身体を重ねあわせ、木々や大地を作っている。
「これがイリュージョンの正体?」
「樹海そのものに化けてたの?」
「そういうこと」
涼しげに答えるモナモナ。
「ヨシア」
白虎から黒王に呼び掛けるトキヤ。
「……」
返事が無い。
「ヨシア!」
ビィの中でたたずむ黒王に向けて声を張り上げた。
「あっ、何だトキヤ」
ヨシアは、美しい少女の裸体に目を奪われていた。
「いつまでそーしてるの?早く逃げて!」
「んっ、ああ」
ヨシアは、目の前の美しい少女達に目どころか心を奪われ掛けていた。冷たい無表情のはずのビィが、いまは優しい笑みを見せている。
「もしかしたら、ビィじゃないのかもしれない……」
「ヨシア!ビィを見ちゃ駄目だ!」
「トキヤ!かまう事はないわ!ヨシアごと焼き払っちゃって!」
モナモナが叫ぶ。
「えっ、でも」
「早く!ヨシアが引き込まれる!」
「分かったよ」
白虎は両手で印を造る。
「フリント、ルビー、バーミリオン、我が下に集え」
トキヤは、火の属の精霊の名を連ねる。
「ミナミ、カレン、飛空艇の印を黒王の結界に3000回して、その他は全部こっちの保護結界に」
モナモナが指示を続ける。
「黒王の保護結界でしょう、3000もいらないんじゃない?」
「過剰だよ」
ミナミとカレンは、飛空石に映る黒王を見つめながら。
「黒コゲになったヨシアの死体を見たくなかったら、言うとーりにするのね」
モナモナは、押し殺した声で。
「ただの法術じゃないのね」
カレンは、指を動かし既に印を自動刻印に送り込んでいた。
「そういうこと、急いで」
「うん」
2人はうなずくきながら次の印を結んだ。
「行くよトキヤ!」
モナモナも羽根を止めて印を結ぶ。
「了解」
トキヤは、白虎の手を使い印を結ぶ。
飛空艇の自動刻印筒からは、青い稲妻が見え隠れする。
モナモナが普通の人間には聞き取れない圧縮言語で、印の安全装置、言霊を使う法術の鍵を外す。そして飛空石に向けて両手を突き出した。
ブーン。
飛空石が震えて、一瞬、青く変色する。すると白虎、黒王、飛空艇の3点の中央に刻印が出現した。
「これは」
ミナミは、逆流しそうな法術のすざまじい流れを必死に制御しながら、飛空石の映像を見つめ続ける。
「多次元刻印……」
カレンが呟く。
出現した刻印は、人の目にはピラミッド型の立体魔法陣にしか見えない。しかしその実体は、多次元界の法則で記述された刻印、多次元刻印であった。
空間をねじ曲げ、3次元界に多次元界を割り込ませて造る刻印は、その行為自体が法術の中でも禁忌呪法の括りに入る危険なものである。
それだけに多次元刻印の扱う力の量は、強大になり比例して意志による制御が困難となる。かつてその暴走により滅んだ国も多い。
「くうっ」
トキヤは、歯を食いしばって最大量の印を造り上げ、白虎の自動刻印によって加速増幅させた。
「行け!」
白虎からの印が更に多次元刻印にロードされる。
まるで時間が停まってしまったかのよう空気が張り詰める。
ビィまでも凍り付いてしまったかのよう。
音が消え風も止む。
多次元刻印から白い光が生れる。
白い光は円になって樹海に広がる。
そして、全てが飲み込まれた。
ビィも黒王も白虎も飛空艇も。
全てが白い光によって、浄化されるのかのように。

ドドーンッッッッ!
飛空船[第10ビンゴ丸]が、衝撃波に襲われたのは、樹海の果てが光ってから106秒後のことだった。
「きゃっ」
「おっと、大丈夫か」
ビンゴは、衝撃でよろけた秘書のユカリを抱き留めていた。
「すいません社長」
ユカリは、慌ててビンゴから離れて頭を下げる。
「なーに、礼にはおよばんさ」
美人なんだけど、堅すぎる感のあるユカリが、微かに見せた女の子の仕草に、ちょっとニンマリしてしまうビンゴ。
「やっぱり、トキヤたちか?」
「北北西の方向ですから、多分そうだと思います」
操縦桿を握るパイロットが答えた。こちらも女の子である。それは武装商人の大型飛空船では珍しいことでは無い。
武装商人の大型飛空船の乗組員の大半は女性である。さらにその多くが武装商人の子女で構成されていた。
武装商人の子でも、男子は独立志向が高く小さくとも自分の船を持ちたがるのだが、対照的に女子は大型船に乗り込む。それは本人たちの希望というよりも、それなりに身を案じる親達の要望が大きく作用しいていた。
そんな訳で、比較的大型の武装貨物船である第10ビンゴ丸の乗組員も例に漏れず、社長のビンゴ以外は、全てうら若き女性で占められていた。
でも、人選は秘書のユカリに一任しているので、社長の趣味という訳でも無い。
「樹海障壁を突き抜けて、あの衝撃だ、あの連中、いったいどれほどの法術まで使えるんだ?」
「トキヤさん達と長いお付き合いの社長でもご存じないのですか?」
「そーは言ってもユカリくん。俺が見たことがあるのは、奴等が樹海から持ち帰るウロコだけだからな。どんな法術を使ってビィを狩るのかまでは分からない」
「でも、トキヤさん達って、全員が皇クラスの法術師ですよね。それならうなずけると思いますけど」
「ヨシアは、皇クラスといっても法術師じゃなくて法剣士だけどな。確かにモナモナもいるし半端じゃないか」
「考えてみれば、集合数200のビィを倒してるんですもの。本当は凄い人達なんですよね」
「まーな」
2人は、まだトキヤたちが相手をしているビィの集合数が1000だということを知らない。
「俺が面倒見てやらなきゃ、ただの子供だけどな」
「でも社長、あの子達のもたらしてくれるビィのウロコに関する商いが、我が社の利益の八割を占めますけど」
「ウロコの値段が高過ぎるんだよ」
「それなら、安く売ります?」
「いや、止めとくよ。損する奴はいても、誰も得はしないからな。だろ?」
「ええ、高値安定してこそのビィのウロコですから」
「特に裏の市場ではな」
「はい」
「俺だって、あいつ等には感謝してるんだぜ。10年前に出会ってなかったら、僅か12で人生に幕を降ろしてたところだもんな」
ビンゴは、遠い目をする。
「ああ、樹海に迷いこんだところを助けて貰ったっていうお話ですね。お聞きしています」
そしてクスクス笑う。
「言っておくが、ヨシアあたりの話は、面白おかしく脚色してあるから、真実とはかけ離れた……」
「はい、分かってます」
そして、またクスクス笑った。

飛空石の映像が回復すると、飛空艇の下は、巨大なクレーターになっていた。
樹海の木々は、蒸発し地面も深くえぐられ、代わって現れたクレーターの底は、溶けた岩石が、溶鉱炉の鉄のように赤く煮えたぎっていた。
そして、クレーターの縁に転がっている煤けた黒王。辛うじて引っ掛かったらしい。
「……おい、コラ!熱かったぞ!」
むっくりと起き上がる黒王。
「あっ、気が付いたみたい」
「怒ってるぐらいだから、生きてはいるよーね」
ミナミとカレンは、黒王を飛空石の映像で確認した。
「トキヤは?」
床に落ちてノビていたモナモナが身体を起こして、飛空石を覗き込んだ。
「いるよ」
応えるようにトキヤの声がする。白虎が、上空高くから降りて来た。
「天井近くまで飛ばされちゃったよ」
天井とは、上空の樹海障壁のこと。障壁は、縦に長い半円球の形で樹海を覆っている。
「コラ!おまえたち、俺様まで殺す気だったな!」
ヨシアは、飛空艇を見上げて叫んでいる。
「殺す気だったら、あんたの結界に3000も回したりしないわよ」
「コラ!降りて来いお前等!」
クズクズと赤く煮えたぎっているクレーターの横でピョンピョン飛び跳ね、腕を振り回して怒っている黒王。
「そんなところで暴れると危ないよ」
上空のトキヤは、クレーターの底に潜んでいる巨大な影を見ていた。
「どわっ!」
言ってるそばから足元の地面が崩れて、クレーターの中に落ちそうになる黒王。慌てて壁のような斜面を四つんばいで登る。
「あれだけの攻撃を受けたのに」
「流石に集合数1000の化け物」
ミナミとカレンも溶岩の中でうごめくモノの気配を感じる。
「さっきのは、単なる熱だけの攻撃だからね。きっと表面を少しローストしただけだったんでしょう」
モナモナは、まだ完全に回復していないのか、床に座り込んだまま。
「ヨシア、逃げないと今度こそ、ホントに食べられちゃうぞ」
飛空艇からの声にヨシアは、黒王をやっと登りきったクレーターの突端へと進ませた。
「へへん、何処からでも来いってね」
黒王の両手に白く輝く光の剣が現れる。光で作る剣は、ヨシアがまともに使えるほとんど唯一の法術であった。
「お前は、学習能力がないのか!」
「なーに、同じ手に2度も引っ掛かる俺様ではない」
「同じことを2度やろーとしているくせに威張らないでよ」
「今度は大丈夫、心構えが違うぜ」
「どーするのモナモナ」
「何を行ったて聞かないんでしょう?もう好きにやらせたら、一応リーダーなんだし」
「わっはっは!そう、俺様がリーダーだ!まいったかコラ!」
「あんたのアホさ加減には、ホトホトまいったわよ」
「わっはっはっ!」
「ホントに大丈夫かな」
クレーターの上空に留まっているトキヤは、飛空艇と黒王で交わされる会話を耳するとひどく心配になる。
ゴボッ!
ゴボッ!
ゴボッ!
溶岩が泡立つ。
「出て来る」
ドロドロに溶けたクレーターの底が揺らぎ、青白い女達の顔が現れる。
溶けた岩の熱にも平然として。
「流石の集合数1000の大物だぜ」
「不定形から、戦闘形態に変形したみたいだね」
「さっきの攻撃、全然効いて無いんじゃない?」
「表面もツヤツヤしてるし」
「熱エネルギーを利用して、一気に戦闘形態に変化したって訳か」
「なかなかやるわね」
「つまり、ビィは、俺様の実力を認めたってことだな」
「どーゆー曲解をするとそーなるのよ」
「ヨシアは、一人で突っ込んで、コゲてただけでしょう」
「言えてる」
「うるさーい!ふん、俺様の凄さを感じているだけビィの方が見る目があるぜ」
「だったら、いっそそこのビィさんとお付き合いしたら」
「けっこう美人ぞろいだし」
「言えてる」
「バカ言うな!」
ビィは、人間の少女のシルエットを基本にして創造された究極の法術兵器。
美しい顔、融合と変形とが可能な身体。集合することにより、更に強大な怪物となる麗しの妖女。
それは、かつての統一帝国を滅亡へと追いやった元凶であり、創造者である古の術者達をも滅ぼした人間の天敵。
人よりも美しい少女。それだけにかつて存在したどの化け物よりも、はるかにおぞましい存在と言えた。
「ナメクジみたいな形だな」
「しみじみ言わなくたって分かるわよ」
ビィは、樹海に張り巡らした根を本体に戻したのだろう、アメーバのような不定形の集合体から、古の戦艦のような姿をクレーターの底に見せた。
それは、さきほどの樹海のイリュージョンのように1000の個体は複雑に組み合わされて巨体を構成する。それはビィの集合体を目にしたことのない人間には、卒倒ものの風景だった。生理的嫌悪感を限りなく増幅させる。
「動かないね」
モナモナが率直な意見を述べる。
「作戦でも立ててるんだろ」
ヨシアの答えは当てずっぽう。
「そーかも、集合数が大きい分、集合脳の意思統一に手間取ってるのかもね」
トキヤは、集合体の唯一の弱点とも言える集合脳の場所をサーチしていた。
集合体の意思決定は、個別の脳とは別の集合脳があたる為、これを破壊されると、ただのビィの塊になってしまい、自己崩壊を引き起こす。
「こっちは、立てなくていいの?」
「そんなまだるっこしいことしてられるか!俺に続けえ!」
また独りで先走ったヨシアは、両手の剣を振りかざしてクレーターの中へと飛び込んだ。
「あーあ、また……」
ミナミは額を押さえる。
「でも、いけるかも」
トキヤの予想どおり、ヨシアの突然かつ単独の先制攻撃は、ビィの裏をかいた。
溶解液の砲撃や鞭の攻撃を受けることなく本体に着地する。
「どりゃああっ!」
気合と共に、2本の剣を突き立て、一気に切り裂きながら突っ走った。剣の長さは自由に調節が効くから、かなり深くまで切っている筈だ。赤い血が、集合体の表面を伝って流れる。
「巨大ビィの集合脳をもってしても、ヨシアのバカさ加減は予想出来なかったか」
モナモナが感心して唸る。
「そうでもないみたい」
「ああ、やっぱり」
「どわっ!」
途中まで調子良く走っていた黒王の足が、泥沼にはまったみたいにズブズブとビィの身体に沈み始めた。無数の手が伸びて、黒王を体内に引き込もうというのだ。
「ヨシア、何か刻印を使って抜け出して!」
「駄目だ!」
「どうして?」
「適当なのが思い浮かばん」
空中でコケる白い機体と飛空艇。
「だからあれほど勉強しろと……もう、どーする?」
「モナモナが、もう一度ブッ飛ばしたら」
「駄目よ、お腹が減って力がでないもの」
モナモナは、まだ飛べないでいた。
「おい、早く助けろ」
「あんたが威張んないでよ」
「はい」
「えーい、どーする?」
ミナミは、半分パニック。
「あたしに聞かれても分かんないわよ!」
カレンも同じくパニック。
「いっそのこと、このまま撤退しちゃおーか?」
「ナイス・アイディア」
2人はニンマリ。
「あんたら、冗談こいてる場合じゃないわよ」
「やーね、冗談じゃないわよ」
「ヨシア、立派なお墓を建ててあげるから、怨まないでね」
「許して全部、カレンが悪いの」
「あー!あたしに責任を擦りつけた!」
「別に擦りつけてなんかいないわよ。だって、カレンの案に従っただけだもん」
「それが擦りつけたって言うのよ!」
飛空石を挟んで口ゲンカをする2人を横目にモナモナはため息をつく。
「トキヤ、こっちの2人はパニくって使い物にならないわ」
「分かった、何とかしてみるよ」
「やっぱり、頼りになるのは、あんただけか」
「やべえ、こいつ黒王の周りを溶解液で固め始めたぜ!」
ヨシアが叫ぶ。黒王を飲み込みだしたビィ達の身体分が透明に透け出した。それまでの構成物質と溶解液が入れ代わっているのだ。装甲から白煙が上がる。
「きゃあ!早くしてトキヤ!修理代もバカになんないのよ!」
やっと我に戻ったミナミがソロバン片手に叫ぶ。白虎ほどではないが、黒王の部品も規格外のオーダーメイドなので単価が高い。
「それにビィの体内に沈んだら、防御の刻印も届かなくなるわ!」
カレンも。
「分かってる」
外から結んだ印では、それ自体が刻印をなしているビィの集合体内部には届かない。
「ちょっと待って、アレ」
黒王を胸の辺りまで飲み込んだ集合体は、身体の表面にいくつもの大きな黒い瞳を開いた。無論それもビィの個体が組み合わさって出来たものだ。
濡れた瞳は、ギロっと飛空艇と白虎を凝視した。
「印は全部、飛空艇の防御に回して!」
トキヤの叫びにミナミとカレンそれにモナモナも加わって防御の印を結ぶ。
飛空艇の回転する輪の連続である筒型の駆動式自動刻印が唸る。
その総数、九億印を越え、空間が揺らいで飛空艇が肉眼で捕らえられなくなる。
「よし」
トキヤは既に多次元刻印を白虎の周りに完成させていた。
ビィの黒い瞳が一斉に光る。
「くっ」
白虎と飛空艇に光の柱が突刺さった。これまでに経験したことのない桁外れの高温と圧力だ。
「結界が押されてる!」
「ほとんど、別の空間にかわしているのに!」
「トキヤ、こっちはそれほど長くは持たないわ」
飛空艇の強力な結界も、集合体のいたるところに開いた瞳から照射され続ける熱線砲によって少しづつ圧縮され、その姿をまた空に引きずり出された。
「精霊砲を準備しておいて」
「えっ?」
「いいから早く!」
「分かったわ!」
白虎も熱線が照射されているが、それは多次元刻印が全て受け止め無力化していた。
「ヨシアはビィの中に潜って!」
「おう!」
ヨシアの場所からは、トキヤの機体も飛空艇も熱線の光だけが輝いているのが見えるだけだったが、すぐに指示に従って、引き込まれるままに集合体の中に身を沈めた。
「ビィの攻撃が途絶えたら、3秒後に精霊砲を発射。そして全速でこの場から離脱。いいね」
「了解!」
トキヤは、飛空艇からの返事に黙ってうなずくと新たに刻印を描き加える。機体を守っていただけの多次元刻印が、それまで吸収した熱エネルギーを増幅して、正確に発射口である瞳に向けて反射させた。
ボンッ!
ボンッ!
ボンッ!
熱線の砲台である瞳が次々と泡立つように破裂して炎上する。
モクモクと身体の各所から黒煙を吹き上げるビィの集合体は、飛空艇に向けた熱線をトキヤの機体に切替えた。
しかし、結果は同じで砲台のほとんどが、熱線の増幅反射で沈黙させられる。
「カウント開始」
飛空艇は、精霊砲の発射準備を始める。離脱に必要な印だけ残して、全て精霊砲の発射口である自動刻印の回転筒に送られた。
「3、2……」
カウントダウンを受けて、白虎は光羽根を大きく開く。
そして、さながら沈没する戦艦のようにモクモクと黒煙を吹く集合体。身体をよじって次ぎなる戦闘形態へと変化しつつある。
トキヤの白虎は、それに向けて急降下した。



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