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SCENE005 気が付くとヨシアは、何時の間にかその場所に立ち尽くしていた。 「おーい!」 返事が無い。誰も居ないらしい、人の気配が感じられない。 「此処は何処だ」 ヨシアは、周囲を見回した。知らない場所? 「いや、でも」 古い建物の中。薄暗い長い廊下。見覚えのある場所。 「そんな、まさか」 その壁の染みにまで記憶がある。知っている場所。でも今は無い場所。 「那岐のキャンプだって言うのかよ……」 しかし、そこは紛れも無くヨシア達が育った那岐国のユニオン・キャンプであった。 「……そんな訳、無い……」 頭で否定しても目の前の風景、10年以上、暮らして来た場所を見間違える筈はない。 「誰かいないのか!」 廊下を駆け抜けて講堂に出る。 そこにも誰も居ない。 知っている場所だが、誰もいないキャンプなんて見たことがない。 いつも人であふれていたのに……。 「誰かいないのか!」 恐怖と不安が入り交じった焦り。 「どうして、俺は此処にいるんだ?」 答えが見えない。 講堂から更に奥に入る。 暗くて広い場所。 「礼拝堂」 七神の礼拝堂に至る。 暗いのは、知りうる限り消されることのない筈の灯火が消えているから。煤けた七神のレリーフも今は、闇に紛れてしまっていた。 ギイッッッ。 軋んだ音を立て向こう側の扉が開く。 「ヨシア」 名前を呼ばれた。 「誰だ」 逆光で顔形がはっきりしない。 「あたしよヨシア、もう忘れちゃったの?」 女の子の声。 「あっ、ああ」 確かに聞き覚えがあるけど、名前が出て来ない。 「相変わらずねヨシア、直に大事なこと忘れちゃうんだから」 「済まん」 「いいよ、許してあげる。だって、やっと大好きなヨシアが帰って来てくれたんですもの」 「此処は、やっぱり那岐のキャンプなのか?」 「当たり前じゃない、いったいどーしちゃったのヨシア、キャンプのことまで忘れちゃったの?でも、ヨシアらしい」 シルエットの女の子は、クスクスといたずらっぽく笑う。 「しかし、一年前に那岐のキャンプは……」 「悲しかった、大好きなヨシアがいなくなっちゃって、凄く悲しかったの。あたし泣いてばかりいたのよ」 女の子は、強い調子でまくしたてた。 「何故だ、何故、キャンプが此処にあるんだ?」 「どうしてヨシア、どうしてそんなことを気にするの?あなたこそ、この一年間、何処に行ってたの!あたし、ずっと待っていたのよ!」 女の子の涙混じりの声は、ヨシアの胸をギュッと締め付けた。 「みんなもヨシアの帰りを待ってたのよ」 「みんなって?」 「この奥にいるわ、みんなもヨシアのこと心配してたのよ」 「みんな、無事だったのか?」 「ええ、奥にいるから会ってあげて、みんな、ヨシアが帰ってくるのずーっと待っていたんだから」 女の子は、一歩後ろに下がった。扉の向こう側がいっそう輝いて見えた。 「そうか、無事だったのか」 心が一気に軽くなった。やっと悪い夢から覚めたんだ。 そう思った。 「待ってヨシア!」 扉に向かって歩き出したヨシアは、背後からの声に立ち止まった。 「行っちゃ駄目だヨシア!」 「トキヤ……か」 振り返ると、そこに小さな男の子がいた。 青い髪と藍色の瞳、初めて会った頃のトキヤ。四歳のトキヤがそこにいた。 「ヨシア、そっちに行っちゃ駄目だよ」 「どうしてだトキヤ、みんなが待ってるんだぞ」 「忘れちゃったの一年前のこと」 「一年前……」 「どうしたのヨシア!どうして来てくれないの!」 女の子が扉のところから叫ぶ。 「ああ、でも」 「現実を忘れちゃ駄目だよ。それがどんなに悲しいことでも」 「悲しいこと、一年前……」 白い灰が積もった場所。 「忘れないで本当のこと」 「本当の……」 何故、あの時、俺は泣いたのだろう。自問するヨシア。 「思い出して!」 白い灰を握り締めていた。涙が灰を濡らした。みんなの魂を送った後。 「だから、俺は泣いたんだ」 記憶が蘇る。胸を締め付けられる悲しみ。 「どんなに悲しくて辛い思い出でも、ビィに汚されちゃいけないよ」 女の子が叫んでいた扉が閉まり、礼拝堂が消える。そして那岐のキャンプも。 「分かってる、分かってるさ」 そう、自分に言い聞かせた。 「あっ、ヨシアが起きたよ」 モナモナの声がした。 「うっ」 いまの自分が大地に寝転がっているのに気が付いた。 「何処だここは」 ヨシアは、ヅキヅキ痛む額を押さえながら身体を起こした。森の中だということは分かるが、その先は見当も着かない。 「まだ、樹海の中だよ。さっきの場所から20キロほど南ね」 モナモナは、自分の頭よりも大きな赤い半透明の飛空石みたいな色の果物をかじっている。[ビィのイチゴ]と呼ばれる樹海の中でだけ育つ果物だ。 「ヨシアも食べたら」 トキヤが、どっさりとビィのイチゴを入れたカゴを片手に立っている。 「ああ」 受け取った一つを口に運ぶと、甘酸っぱいさわやかな味が喉を潤す。 「いったい、どうしたんだ俺?」 かじりかけの果物を見ながら呟いた。 「どーもこーもないわよ!」 「全部ヨシアのせいでしょ!」 仁王立ちのミナミとカレンがヨシアを見下ろしていた。 「俺が何かしたのか?」 ポカンと2人の顔を交互に見るヨシア。 「あんたが、なーにも考えんで飛び出したおかげで、このていたらく……」 「ビィを倒すどころか命からがら逃げ出すはめになったんじゃない」 「そーだっけ?」 「そーなの!」 ミナミとカレンの迫力に思わず3メートルばかり後退るヨシア。 「ヨシアがビィに捕まったから、中途半端な攻撃になっちゃたのよ」 モナモナが、ヨシアの前にホバリングして教えてやる。 「ああっ、なーるほどな」 ヨシアが思い出せたのは、トキヤの指示でビィの中に潜った瞬間まで、その後は、夢かうつつか区別がつかない。 「お前な、ちゃんと反省しろよ。精霊砲を撃つ直前にヨシアの沈んでる場所へトキヤが飛び込んで結界を張ってくれたんだから」 ミナミがヨシアの額を指で小突いた。 「ふむ、集合体の内部なら結界が張れるのか。障壁の外から中へ刻印が使えないのと同じ理屈かな」 「それもこれも、ヨシアが先走らなければ、やらなくても良かったことなのよ」 今度は、カレンがヨシアの額をパチンと指で弾いた。 「もー、それぐらいにしておきなよ」 「そうそう、まだ仕事の途中なんだから」 トキヤとモナモナは、ビィのイチゴの木に登ってせっせと果実をカゴに入れている。 「仕事って、イチゴ摘みのこと?」 ミナミがヤレヤレといった顔で、木の上の2人を見上げる。モナモナの場合、トキヤの収穫を横から食べてるだけだけど。 「それもあるけどね」 モナモナの口は果物の汁でベチャベチャにしている。 「冗談よ、ビィでしょう」 「あいつ、毎時1キロの速度で4キロほどこちらに近づいてるわ」 新しいイチゴにかぶりつくモナモナ。妖精には精霊の話しを直に聞き取る能力があるので、遠くの事象の察知が容易だった。 「それなら、ビィの到着にはあと16時間ぐらいかかるわね」 カレンが予想する。簡単な計算だけど。 「ところが4時間もあれば到着するよ」 トキヤは、木の下の2人を見た。 「どうして?」 「毎時1キロなのに?根っこなら速く動くけど、そーじゃないんでしょう?」 「無論、本体だよ」 「ということは奴が、もっと速く動ける形に変形するんだな?」 ヨシアが、立ち上がった。 「ふーん、ヨシアにしては鋭いわね」 モナモナが感心した……というより、意外そうな顔をする。 「『……にしては』つーのは余計だ」 「ムカデかな?あの大きさを速くするにはかなりの本数の足が必要でしょう?」 カレンも印を使えば、精霊と意思の疎通が計れるのだが、普段のままでは、気配を感じ取るのがやっと。それでも一般人から見れば、凄いことなんだけど。 「足が無くても速くなるんだよ、ミナミは分かる?」 モナモナが、謎を掛ける。 「足が無くて速いの……難しいわね。トキヤは分かるの?」 「うん、強いて挙げるならクラゲかな」 モナモナの一番弟子で、パートナーのトキヤも妖精の囁きを微かに感じ取ることが出来た。 「クラゲ?」 地上の3人の声がハモった。 「クラゲか、言われてみればそーだな」 ヨシアは、黒王を操って高い木のてっぺん近くまでよじ登っていた。そーいう操縦は、トキヤより上手い。 完全に変形を終えたビィは、薄く引き伸ばしたピザの生地みたいだった。その下からは数本の触手がだらりと伸びていて、クラゲに似ていないこともない。 その様子を観察するのにモニターの倍率を上げる必要が無いぐらい近づいていた。と、言うより近づく必要も無かった。 「デカイねえ、直径が100メートル近いってか」 クラゲと違うのは、身体をゆっくりと回転させ、ヒラヒラと風になびせて空を飛んでいるところ。 「何度、逢っても慣れないか」 胸の奥のムカムカは、ヨシアがビィと対峙するといつも感じる。それが恐怖感だということには、気付いてないけれど。 「さっきより見下ろされているだけ余計に気分が悪いぜ」 集合体は、ゆっくりと近付いて来る。 「飛んでる割には鈍足だが」 しかし、いつまでも木の上で見物している時間はなさそうだ。そう思ったところにタイミング良く通信が入る。 「ヨシア、そろそろだよ」 トキヤの声は、はるか上空の高々度から届く。白虎は障壁の天井ギリギリに張り着いて指示を出す手筈になっている。 「了解だ」 光学式の眼では捕らえられない高さの白虎を、黒王は、刻印の力で増幅してモニターしている。 「始めるぞ」 黒王の片手をビィに向けて突き出し光の剣を出現させた。気合によって印を作るそれは、言語系より精霊系に近い。 「しっかり食い付け!」 光の剣を撃ち出す。音はなく黒王の腕に反動だけが伝わる。光は僅かに弧を描いてビィの縁に命中し閃光を放った。 「当たり!」 それだけ確認したヨシアは、猿みたいに素早く枝々を渡って、地上に飛び降りダッシュした。 地の大陸広しといえども機動装甲で、そんな芸当をするのはヨシアぐらいだろう。トキヤだって出来ない。と、言うよりヤラナイ。 ドドーンッッッッ! ほんの少しの間を置いて背中側から衝撃波と轟音が突き抜けた。勿論、光の剣の攻撃によるものだ。 「わっ!」 風圧で足の浮いた黒王は、着地の瞬間、地面から突き出した根っこに足を取られてポテっとコケた。 「ありゃりゃ、ヨシアの奴、大丈夫かな」 「心配ないよ」 モナモナは無理矢理、白虎の中に収まっていた。機動装甲のコクピットは、ほとんど隙間ない状態だから、モナモナはトキヤの顔の横にピッタリと張り付いている。 「まあ、逃げ足なら誰にも負けないか」 「機動装甲の使い方もね」 「それで、ちゃんと法術が使えれば言うことないんだけどね」 「……確かに」 2人は、ちょこまかと地上を逃げ回るヨシアの動きをじっとモニターし続けた。 「始まったみたいね」 「いまのところ予定どおりか」 「あたしたちの準備だけが遅れてるけど」 「それは言わない約束よカレン」 「そーね、ミナミ」 モナモナを欠いた飛空艇は思うように速度が上がらない。一見するとその辺りをフラフラ飛び回っているだけの妖精も、実は小さな身体から強力な印を発して、ミナミとカレンの法術を刻印並みに強化、加速させていたのだ。 「あーもー、スピードが出ない!」 「焦ると余計に遅くなるよ」 「もう、カレンはどーしてそう冷静なの!」 「トキヤを信用してるから」 「ちょっと待った!それじゃあたしが信用してないみたいじゃない!」 「信用してないの?」 「してるわよ!」 「最初から、トキヤに計画を立ててもらえば良かったね」 「うーむ、その手があったか」 ミナミは、ポンと手を打った。 「さっきは、ヨシアの奴が考える間も無く飛び込んでいっちゃったから」 「あいつが、もう少ししっかりしていれば、ホントに……」 ミナミは、額を押さえる。 「付き合ってあげるの?」 嬉しそうに聞くカレン。 「絶対にヤ!」 「どーして、いい奴じゃない。背も高いし顔もそこそこ」 「ただったらカレンが付き合ったら?」 「残念、アホは趣味じゃないの」 「あんたの法術で治してあげたら。余ったトキヤはあたしが貰うから」 「べーだ!トキヤはあげないもん」 無駄話をしている間に、飛空艇の速度がちょっと落ちる。 「ひーっっっ!」 トキヤが応急処置してくれたが、全身に溶解液を浴びた黒王の調子は今一つだった。特に膝の関節に突っ張った感じがなんともいただけない。しかも道のない樹海を走り回るとあっては、悪化こそすれ直る見込みはないというもの。 「死ぬっ!」 まだ、予定された行程の3分の1しか消化していないのに、もうアゴを出す。 「どうしたヨシア、もうヘバったのか!」 はるか天上からモナモナのモグモグした声が響く。 「テメー、イチゴなんぞ食いながら、いいたいことを」 声で分かってしまうらしい。 「てへへへっ、バレた?」 狭いコクピットでのつまみ食いで、トキヤの頬までもイチゴの汁でベトベト。 「そんなに速く走らなくても十分だよ」 トキヤも見かねて声をかける。 「あー美味しい。ところでヨシア、囮がビィを置いてきてどーすんの」 バレたのをいいことに盛大に音を立ててイチゴを頬張るモナモナ。 「えっ」 ズザーっと苔むした地面を滑ってから立ち止まる黒王。そして振り返る。 「なんだ、思ったよりトロい奴だな」 ビィは、ずっと後方をゆったりと飛ぶ。 「ヨシアの逃げ足が速すぎるんだよ」 「……だね」 イチゴまみれの2人。 「やっぱり、ここで叩こうぜ、思ったより弱そうじゃんか」 肉眼ではとらえることの出来ない上空の白虎を仰ぐヨシア。 「また、ビィに飲み込まれてもいいなら」 「……やだ」 「だいたい、飛空艇の精霊砲をもってしても、決定的な損傷を与えられなかったのよ、それをヨシアのヘナチョコな2刀流が相手じゃ、ほんの一瞬で決まりよ。つまりあんたがあの世行きってこと」 「なんだと大食い妖精!」 「失礼ね!あたしは大食いじゃないわよ!ただ、美味しいものが好きなだけなの!」 「旨かろうが不味かろうが、山のように食えば大食いだぜ」 「なんだとアホヨシア」 「まあまあ、2人とも」 興奮したモナモナが、ビィのイチゴを振り回したので、コクピットは甘い匂いで一杯のベトベト状態。 「どうするのヨシア作戦変更する?ボクは、それでもいいけど」 「……い、いや」 ヨシアは、改めてビィを見る。ほんのちょっと立ち止まっただけで、もう天空の半分を覆う大きさまで迫っていた。 モニターの倍率を上げなくても少女達の顔がはっきりと見て取れる。無表情で無慈悲な人間の天敵の美しい顔が。 「予定どおりに行こう。俺だけでノシちまってもいいが、ミナミとカレンの出番を潰すと後が怖いからな」 偉そうな台詞を吐くヨシアだが、すぐにちょこまかと逃げ出すのだった。 ■SCENE006 ■目次 ■TOP ■ねこどっとこむ Mambo Nekoyanagi |