SCENE007



「大丈夫?モナモナ」
ビィの集合体との戦いに決着を着けたトキヤは、フィールド内に強力な保護結界を維持し続けているモナモナを見た。
「あまり持ちそーもない」
歯を食いしばって、2千重の結界をビィの残骸の中に張っていた。
「信じられないけど、ボクにも感じられる。生存者の鼓動」
「でしょう、トキヤ、早くフィールドを冷却して」
「やってるよ」
「いくら結界で守ってあげても、ビィの集合体に取り込まれた段階で危険な状態になってるのよ。早く手当しないと」
「分かってる、でも、どうしてビィの中で生きていられるんだ?」
トキヤは、白虎を操作して秒間1万を越える冷却の印を自動刻印にロードする。
「あたしの仲間が一緒なの」
モナモナは、苦しそうに目を閉じて、秒間2千の印を結び、2千重の結界を維持しつづけている。自動刻印の助けを借りないでこの数を叩き出すことは人間にはとうてい真似出来ない技である。
「妖精?」
「うん。でもね、まだ卵みたい」
「妖精の卵か……あのビィの中に」
「妖精の卵と一緒だから、ビィの中でも生きていられるのよ。と、言うより時間を止めた状態かな」
「本当に有ったんだね、妖精の卵って」
「当たり前じゃない、あたしが此処にいるんだから、妖精より卵が先なの」
「でも、モナモナだって、見たことが無いんだろう?」
「……まあね」
妖精の卵は、最も高価な宝石である。その絶対数は僅かで、伝説の秘石であった。
七色に輝く透き通った石の中に妖精の赤ちゃん……と、言っても姿形は、モナモナみたいな大人(?)の妖精と大差ないけど……が、眠っている。卵というより、羽化を待つサナギの状態なのかもしれない。
その美しさもさることながら、妖精の卵が珍重される最大の理由が、それを持つ者への守護の力。その威力を、いま2人は目の当たりにしていた。
「火傷しない程度まで落ちた、何とか出れそうだ」
「急ぐわよ」
灼熱のフィールドは、急速に冷えて白い砂の描く円となる。
「火傷はしないけど、熱いな」
「我慢、我慢」
白虎のハッチを開けると、熱風が入り込み髪の焼ける臭いがした。片膝を着いた姿勢の白虎の背中から顔を出すトキヤ。
「目の前のビィのウロコの突刺さっている所だよ、黒くてドロドロした物が溜まってるでしょう、あの中にいる」
「えっ、ビィのウロコ?……あれがウロコなの?」
正面にあるそれを、トキヤはビィのウロコだと認識していなかった。理由は、それがあまりに大きいから。
「あの形といい、色といい、紛れも無くビィのウロコでしょう?」
ビィのウロコ。ビィの体内にある法術生命体の命の核を成すもの。琥珀色で魚の鱗に似てるから[ビィのウロコ]と呼ばれる。
その用途は様々で、法術の溶媒、万能の秘薬、宝石、魔法回路の演算装置など。何れにしろ高価な商品であり、ユニオンそしてトキヤたちの資金源でもある。
ユニオンのものは正規のルートで流通し、トキヤたちのものは、ビンゴを通して、何処へか流れる。まあ正規でないことは確かだ。
「凄い大きさだね」
「そりゃ集合数壱千だもの、このぐらいにはなるわよ」
集合していないビィのウロコは、ペンダントヘッドに最適なぐらいの大きさだが、トキヤの前に直立しているウロコは、人の背丈より大きい。
「そんなことよりも」
「分かってる」
高熱で生れた白い砂に降り立つトキヤ。
冷却されたとはいえ、熱せられた鉄板の上にいるような感じだ。
「こっちよ、急いで!」
陽炎の立つフィールドをものともせず、モナモナは突きたったウロコの根元へと一直線に飛ぶ。
「その中よ」
ウロコの突き立った根元に溜まるドロリとした黒いゲル状の物質。ビィ達の死骸が溶けた後の残る残留物だ。以前にも何度か見たことがある。
「確かに聞こえる」
トキヤにも、ゆっくりとした心臓の鼓動が聞こえた。それは音ではなく、気配に近いもの。
「出すよ」
モナモナが、指を動かすと、黒い物質が溶けて流れ落ちた。
「この中だね」
黒いものが消えて、白いカプセル状のものが浮き上がる。ちょうど人を包み込んでいる大きさだ。
「開けるわよ、熱にあおられないようにしてあげて」
「うん」
カプセルは、トキヤの結界によって外界の熱風から守られる。
僅かに遅れて音もなくカプセルは割れ、白い液体が流れ出す。
「女の子……」
妖精の卵のペンダントをしただけのトキヤぐらいの歳の少女が姿を現した。眠っているのか意識を失っているのか、固く目を閉じたまま。濡れそぼっている短く揃えた漆黒の髪が地の族であることを示す。
「いけない!」
「えっ」
「この娘、息をしてない!」
「まだ息を吹き返してないんだ」
トキヤは、慌てて裸の女の子を抱きかかえる。
「早く!」
「分かってる」
彼女の気道を確保してマウス・トゥ・マウスで息を吹き込んだ。同時に気も送り込んで、蘇生を促す。
「良かった、大丈夫みたい」
モナモナも法術で支援する。
「……んっ」
そのかいあって、僅かな時間で女の子は息を吹き返し、トキヤの腕の中で目を覚ました。
「……!」
大きな黒い瞳が、間近の藍色の瞳を捕らえた。そして、自分の唇に、他の唇が押し当てられているのにも気付く。
パチン!
勢い良くトキヤの頬を叩いた。
「無礼者!何をするか……」
気が付いて、いきなり興奮した所為だろうか、そのまま、また気を失ってしまった。
「なになに?」
片方の頬に手形を付けたトキヤは、気絶した彼女を抱いたまま、目をパチクリ。
「結構、元気だったわね」
感心したようにうなずくモナモナ。
「ああっ!」
そこに、大声を張り上げたのは、フィールドに到着したばかりのミナミとカレン。飛空艇から飛び降りると、砂埃を上げて走り寄る。
「……どうしたの、2人とも?」
ミナミとカレンが、涙を流してトキヤを睨みつける。
「ど、どーいうことなの!」
「ちゃんと説明してトキヤ!」
「はっ?」
2人は、トキヤが全裸の女の子に人口呼吸しているところしか見ていなかった。その後のビンタとかは、飛空艇の中を駆け抜ける最中だったので、目に入っていない。無論、人口呼吸ということからして、既に誤解しているのは明白であった。
「あたしというものがありながら、いきなりそれは無いんじゃない!」
「ひどい!トキヤってば、ひどい!あたしの心をもてあそんでいたのね」
だからこんな場所であっても、あらぬ疑いで頭が一杯な2人は、泣きながら、裸の女の子を抱えたままのトキヤに迫る。
「えっ、なにがどーしたの?」
2人の心の機微など全く知る由も無いトキヤは、不思議そうにミナミとカレンの顔を見ながら首を傾げた。そーでなくても、助けた女の子にいきなりビンタだしで、ホントに何が何だか「?」の状態。
「ようトキヤ!その娘、どーしたんだ?俺にも紹介してくれよ」
そこに黒王を降りたヨシアがやって来て、事態を更にややこしくするが、
「あんたは黙ってて!」
ミナミの肘打ちが炸裂して、直に静かになった。
「ちょっと待て!」
モナモナが大声を張り上げた。
「モナモナは、引っ込んでいて!」
「これは、あたし達とトキヤの問題なんだから!」
「……えっ、でも」
「いいから」
「黙ってて」
「……はい」
モナモナも2人の迫力に押されてしまう。
「さあ、ちゃんと説明してトキヤ」
「2人は、いつからそーゆーふしだらな関係な訳!」
「えっ、『ふしだら』ってなに?」
「だから、そーいうことよ」
トキヤと女の子を指差すミナミ。
「えっ、ボク達がどーかしたの?」
「まだ、とぼけるか!」
「はあ?」
と、こんな調子の問答が続く。結局、ちゃんと成り行きが説明されて、騒ぎが収まるまでに暫く時間が掛った。

「送ってあげてカレン」
モナモナが、やっと落ちた付いたカレンに声を掛けた。その目は、大きなビィのウロコを見ている。
「うん、でもあたし一人で出来るかな」
カレンもまた、その通常の千倍の大きさのウロコを見る。
「大丈夫よ、あたし達も手伝うから」
ミナミが、ポンとカレンの肩を叩いた。
「じゃあみんな、手をつないで」
「ほら、アホヨシア、いつまで寝てる!」
「はっ、此処は何処だ!」
それまで気絶していたヨシアは、バッと半身を起こして叫んだ。
「ずっと、同じ場所だよ」
トキヤは、さっきの女の子を毛布にくるんで飛空艇に置いて来ていた。
「そうか、分かった」
「コラ!また寝るんじゃない!」
「いててて!てめーミナミ!靴で俺の顔を踏むなよ」
「だから、横になるな!」
「うるせえ女だな」
「なんだって」
「はて、なんだっけ」
「もう一度、顔を踏んでやろーか」
「これでも踏めるか?」
立ち上がってニンマリ。
「トウッ!」
ブン!と足を振り上げる。
「いて!それは、キックだろ」
「いや、踏んだのさ」
「2人とも、そろそろ準備してくれないかしら、それともクスグリ地獄巡りのほーがお好みかしら?」
モナモナが、ヒクヒクした笑みを浮かべて2人に迫った。
「いえ、準備出来たっス」
ヨシアは、そそくさと手をつなぐ。
「同じく」
ミナミも以下同文。
「いい?」
「どうぞ」
カレンの問いにトキヤが代表して答える。
「始めるわよ」
精霊法術師カレンを中心にして、全員が手をつなぎ、ビィのウロコの根元を囲む。力がカレンへと流れた。
精霊達が集まって来る。姿は見えないけど、感覚的に分かるのだ。それは、フィールドにあふれるほどになった。
精霊は、カレンの始める儀式を待っている。
彼女は、それに応えるかのように歌い出す。
精霊歌。
精霊に捧げられる歌。
人間の耳には綺麗なハミングにしか聞こえない。
それは、悲しみを帯びた旋律をなぞる。
「傷ついた壱千の魂よ」
カレンの言葉。残りの全員は、心の中で復唱する。

今、汚れを払い
七神の子となりし
汝等、壱千の魂よ
我の法術を持って
汝等、さまよいし魂を
精霊の列に加える
怒れし魂は
火の精霊となれ
悲しき魂は
水の精霊となれ
愛しき魂は
土の精霊となれ
現を思う魂は
風の精霊となれ
汝等、光を受けよ
光は、七神の祝福と契約
彷徨いし壱千の魂よ
今、精霊となれ

カレンは、両の手を解き、ビィのウロコに向けた。
目映い光がウロコを包み、精霊達の歌う精霊歌が聞こえる。
光は、ウロコの琥珀の濃い色を透かし、明るい黄色にして消えた。
「いいみたい」
カレンは地面に膝を着き、肩で息をしながら笑みを浮かべた。
それまでの精霊の気配は、あっという間に消えうせてしまい、熱気の後には、少し冷たく感じる風が通り過ぎる。
「ご苦労様」
ミナミが手を差し伸べた。
死者の魂を精霊にする儀式は、七神教会の坊さんと精霊法術師が行える。ビィに対する儀式では無いが、トキヤたちはカレンの存在もあって毎回欠かすことは無かった。
そのビィの魂に関する考え方も、トキヤたちが、従来のユニオンのハンターとは、大きく違っている点であった。




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Mambo Nekoyanagi