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SCENE008 「これは……」 ビンゴは言葉を失った。暗くなってからとはいえ、出発したその日に未子矢村に戻って来たトキヤたち。そして、ヨシアに招き入れられた飛空艇で目にしたものには瞬間、息が止まるほど驚いた。 「どーだ、なかなかのもんだろ」 ヨシアは、腫れ上がった顔をしかめながら、ニヤっと笑った。 「ふう……おい、これ本当にビィのウロコなのか?」 額を押さえながらヨシアに詰め寄るビンゴ。 「当たり前だろ」 飛空艇、白虎の格納庫に納められている集合数1000のビィのウロコは、若くして数々の修羅場をかいくぐり、沢山のお宝を扱った武装商人のビンゴを動揺させて余りある代物であった。 「俺よりでかいんだぜ」 自慢げにペタペタと表面を叩くヨシア。 「うーむ、確かに。信じられんが本物だ」 ビンゴは、ルーペでウロコを覗いてうめいた。ビィのウロコ独特の光彩を確認しては、認めざるを得なかった。 「疑ってたのか?」 口を尖らせるヨシア。表情を作る度に腫れた部分が痛むのか、また顔をしかめる。 「いや、だってお前、常識的に考えられんだろう。直に信じろってほーが無理だぞ」 フウっとため息をついてから改めて、てっぺんから根元までウロコを見る。 「集合数1000、しかも送ってやったのか」 魂を精霊として送った後のウロコは、色が明るくなって、より美しく輝く。 「俺達の信条だからな」 「俺にしても、そのほーがありがたい。なんたって、ユニオンのウロコより上質になるからな」 「言っておくが、俺達は、金の為に送ってるんじゃないぜ」 「お前等の信条は分かってる。銭金は俺の都合さ。しかし1000か、凄いものだな」 そして、口をポカンと開ける。 「ビンゴは知ってたのか?」 「何を?」 「ビィの1000つう集合数だよ」 「知ってたら、こんなに驚くか。だいたい、そんな危ないモノだと知ってたら、俺が紹介する訳ねーだろ!」 「じゃあビンゴは、どれほどのモンだと踏んでたんだ?」 「俺の予想じゃ、せいぜい2、30といったところだな」 「2、30だと、そんなのを手強いとかヌカしていたんか?俺達も、随分と見くびられてたもんだな」 「馬鹿いえ、集合数2、30といったら去年までは立派な大物だぞ」 「俺達がこの前、倒したのは集合数200だったぞ」 「あん時は俺も驚いた。だけど、そんな神話級の大物がそーそー出て来るなんて誰が考える?」 「俺達も死ぬ思いして、やっと倒したからな」 「普通じゃないことぐらいわかったさ。おまえたちのデカイ法術をこっちも樹海障壁の外から感じたからな。まさかこの集合数は想像もしなかったけどな」 「俺達だって樹海障壁を越えるまでは、分からなかったし、信じられなかったのも一緒か……」 「そーいうことだ。けっしてお前等の実力を見くびっていた訳じゃない」 「信じるよ、一応な」 「まったく、去年までは2、30でも大物だったのに、集合数200で肝を潰したら、今度は1000と来た。どうなっちまったんだ地の大陸は」 「今年は、大物の当たり年なんだろ、俺にはどーしようもない」 「本来ビィの集合体ってのは戦闘形態なんだぜ。それなのに何故、敵も人間も基本的に存在しない樹海の中で集合するんだ?」 「そんなことはビィに聞いてくれ」 「この一年のビィの異常は、単に『当たり年』で片付けられる問題ではないと思うが」 「この一年、異常なのはビィだけじゃないさ」 「お前達の強さもな」 「俺様は、前から強いぞ」 「そーいうことにしといてやるか。いくら強いといっても、お前のその顔を見れば苦労のほども忍ばれるってもんだ」 「死ぬ目には逢ったが、これは……ビィじゃないんだな」 ミナミの鉄拳制裁の跡をそっと撫でる。 「相変わらず乱暴な娘だ」 皆まで言わなくても以心伝心である。または、よくあることともいうか。 「ところでヨシア、お前等これからどうするんだ?」 やっとウロコから目を離したビンゴ。 「んっ?これからって」 「ハンターを続けるのか?」 「俺達に、いまさら転職しろってか?」 「そーじゃない、おいヨシアお前、ユニオンが年間に流通させるビィのウロコの数を知ってるか?」 「いや、興味無いな」 「年間流通量は4、5千個だ」 「それって、多いのか?」 「その逆、少な過ぎる」 「その数が連中の限界なんだろ。あんまり無理もさせられないからな」 「それもあるだろうが、俺にはビィのウロコを超高値で安定させる為のユニオンの操作としか思えん」 「ユニオン自体の消費量も多いからな。それを引けば、そういった数に落ち着くだろ。各支部に所属する法術師に機動装甲、本部にはゴツイ飛空戦艦もあるって話だからな」 「理由がどーあれ、需要をまかなえていないのは本当だ。だから、ビィのウロコには、目玉飛び出るよーな値段が付けられている。そこまでは分かるな」 「ああ、まーな」 「それが此処に1000もある」 「集合数1000だから、バラせば同じだ」 「だからヨシア、お前はこの意味が分かってるのか?」 「つまりユニオンの供給する4分の1相当がここに有るってことだろ」 「そうだ。金に換算すれば、一生遊んで暮すどころか、戦争だって始められるぜ」 「戦争か……」 「やるっていうなら手を貸すぞ」 ビンゴは目がマジ。 「面白そうだが、トキヤの前では言わんほーがいい冗談だな」 「分かってるさ」 「あいつは子供だからな。その手の冗談は通じん」 ヨシアの脳裏にトキヤの顔が浮かぶ。トキヤは戦争反対とか綺麗ごとは言わないが、ただ悲しそうな目で争う人間達を見る。 その悲しそうな藍色の眼差しにヨシアの心も深く傷つくのだ。ヨシア自身は気付いていないことだけど。 「本当に戦争が好きな奴なんて、傭兵か俺みたいな武装商人ぐらいだろ」 ビンゴは、自嘲的な笑みを浮かべた。 「とにかく、こいつの使い道は、もう決めて有るんだ。残念ながらビンゴの希望には添えないぜ」 「お前が決めたのか?」 「そーいう細かい仕事は、担当が別だ」 ヨシアは、トキヤの書いたメモを取り出してピラピラさせる。 「全部を一度に換金てのは、ちと難しいぞ。裏の市場まで暴落しちまう」 「それはない」 メモを見て確認するヨシア。 「ああ、ヨシアが考えたんじゃなかったんだな、トキヤなら安心だ」 「何か引っ掛かる言い方だな」 「気にしないで、先を続けてくれ」 ペチペチとウロコを叩く。 「まずだ、3分の2は艇内で加工して使用する。残りをビンゴに渡す」 「それを換金するのか」 「その判断は、ビンゴに任せるそーだ。ただ、前に打ち合わせておいた飛空艇の自動刻印筒の32番刻印輪の交換費用をそこから捻出してくれっつーことだ」 「ああ、32番刻印輪の交換な。もう準備万端。スタッフは超一流を押さえてあるぜ」 「流石に速いな」 「俺様を誰だと思ってる」 「変なあんちゃん」 「違ーう!武装商人ビンゴ様だ」 「そんなことは、10年も前から知ってるぜ。ところで、刻印輪の交換て何だ?」 「聞いてないのか?」 「いや、交換というのは聞いてるが、理由は知らん。法術関係にはあまり興味がないからな」 「興味じゃなくて知識がだろ」 「当然、それもないさ」 「飛空艇の自動刻印筒の32番輪は、魔法術師の法術しか受け付けないんだそーだ。だから、精霊法術師の法術に対しても効果するように刻印を書き換えるんだよ」 「よく分からん」 「後は自分で勉強しろ。俺が分からんのはウロコの残り3分の2の使い道だ。いったいも何に使うんだ?」 「その半分は、飛空艇、白虎、黒王の循環液に使うらしい。後はパウダーにして備蓄」 「循環液にそんなに使うのか?」 「混じりっ気なしの濃度100%だな」 「濃度100%だあ!」 「何だよ、いきなり大声だして」 「俺の知ってる国の軍隊じゃ、濃度0.03%で使ってるぞ」 「貧乏臭い国だな。俺達は、今でも20%はいってるぞ」 「お前な、0.03が普通で、濃度20%の方が変なの。濃度100%なんて正気を疑われるぞ」 「しかし、トキヤが言うには、俺達の飛空艇と起動装甲の本来の力を引き出すには100%の濃度が必要なんだそうだ」 「ふむ、トキヤの意見だったな」 顎に拳を当てて考え込むビンゴ。 「古代の遺産ならそれもあるか……しかし、もったいない」 「俺には、よく分からん」 「少しはトキヤを見習えよ、ヨシアより2つも年下だろうが」 「へいへい」 「だがよヨシア、話は戻るが、3分の1にしたって、かなりの金になるぞ。それでもまだハンターを続けるのか?俺なら、さっさと引退して楽隠居するな」 「俺達は、金の為だけにビィハンターをやってるんじゃないぜ」 「つまり……復讐か?」 「出来ることなら、それも果たしたいが」 「じゃあ何だ?」 「知りたいんだ」 「知りたい?」 「本当のことが……俺達は、まだ何も知らない、知らない何か、そう、運命みたいなものかな。誰か他人に握られた運命。このままじゃケツの座りが悪いってもんだ」 「ハンターを続ければ分かるのか?」 「少なくとも、楽隠居よりはな」 「なるほど」 ビンゴは、深くうなずいた。 「ところでヨシア、ビィの集合体の中で見つけたっていう女の子はどうした?」 「離れでミナミとカレンが治療している」 「妖精の卵を持ってたそうだな」 「売り物じゃないぜ」 「誰が欲しいと言った。まあ、売ってくれるなら、言い値でも買うけどな。お前は見たのか」 「いいチチしてたぞ」 「なにを見とるんだお前は!そーじゃなくて、卵だよ、妖精の卵!」 「ああ、妖精の卵な、ちゃんと見たさ。だけど、真贋のほどは保証の限りじゃないぜ。なんたって初めて見たんだから」 「ビィの集合体に取り込まれてもなお生きてたなら、まず間違い無く本物だ」 「ふむ確かに、俺なんか数秒間、潜っただけで死にそーになったもんな」 「普通は死んでる」 「ビンゴは、本物を知ってるのか?」 「俺か、俺は一度だけ見たことが有る。某国の皇太子がペンダントにしていた。奴さん、デブだったんで、半分ほど首の肉に埋まってたのが印象的だったな」 「げー、見たくない光景だな、その卵の妖精に同情するぜ」 「そーは言っても、妖精の卵ぐらいのお宝になると、身に着けられるのは、王か王位継承者ぐらいだぜ」 「ほー、えらく高いモノなんだな」 「妖精の卵を手に入れるには、金と権力が必要だ。それほどのモノなんだぜ」 「俺様には必要ないもんだな」 「バカは風邪を引かないからか」 「そう……って、あのな」 「で、その娘、何者だ?」 「そうだな、人工呼吸をしてやったトキヤを『無礼者!』ってブン殴ったらしいから、手が先に出る性格なのは間違いないな」 「……なんで、そーなる?『無礼者!』なら、何処かのお姫様を想像しないか」 「お姫様?でも、この蹄国は共和制だぜ」 「蹄国だけが国じゃないだろ」 「だけど、その『何処かのお姫様』が、フラフラと樹海を歩いてビィの集合体に飲み込まれたりするか?」 「普通、無いだろうな」 「分かってるのは、ビィの集合体の中にいたという事実だけだ」 「それも高貴な身分のな。これも間違ってはいないだろう」 ビンゴは、離れがある方向の壁に視線を向けた。 「俺も調べてみるか」 「ねえ、まだ」 「もうすぐだよ」 モナモナがエプロンをしたトキヤにまとわりつく。彼は一人だけで離れの厨房で、夕食の準備をしていた。 「おなか空いたよー」 「はいはい」 トキヤだけが、せっせと働いてる。他は急っつくモナモナ以外、誰も居ない。 チーム内でまともに料理が出来るのが彼だけだだったりするから仕方が無いことなのだろう。 トキヤも、あのヨシアや短気なミナミとか料理の才能が著しく欠落したカレンに手伝って貰うより、一人のほーがずーっとマシだとこれまでの経験から痛感していた。 ちなみにモナモナは食べることのみに専念している。だからトキヤは、モナモナの弟子兼パートナー兼専属コックになる。 「早く早く」 「あとちょっとだよ」 今日の夕食のメニューは、樹海で採ったキノコのスープ・スパゲッティ。樹海は、珍味の宝庫でもある。トキヤは最後の仕上げに、2つの大きな鍋の間を忙しく行き来した。 「あーん、いい匂い」 フラフラとスープの入った鍋の上を旋回するモナモナ。 「コラ、ヨダレが落ちる」 「へっへっへ」 「ほら、出来たから」 「はーい」 ちょっと固めに茹で上げたスパゲッティを大きなドンブリみたいな器に、どっさりと盛り付け、キノコのスープをたっぷりとかける。 「はい、どうぞ」 ドン!とテーブルに載せる。 「いただきまーす」 モナモナの身体からすると湯船より大きな器の中にホークを突き入れ、バシャバシャとスープを跳ね上げながら食べ始める。 「いい匂い」 「ホント」 タイミング良く入って来るのは、ミナミとカレン。ビィの中から助け出した女の子の治療に当たっていた。 「あの娘の具合はどう?」 「意識も戻ったし、もう、大丈夫だと思う。ただ記憶がまだハッキリしないみたい」 「記憶喪失?」 「そこまでは、いかないと思う。混乱しているだけね」 「いまは、マナミが看てくれてるわ」 「じゃあ、ビィのイチゴのジュースとスパゲッティでも持って行ってあげようかな。ミナミとカレンは、直に食べる?」 「あたしたちは、先にお風呂にする」 「法術を使いまくって、汗かいちゃったからね」 「じゃあ、温泉から戻ったらだね。スパゲッティはスープをかければ食べられるから」 「やーね、そのぐらいは出来るわよ」 「……他の調味料は、絶対に入れちゃ駄目だよ。特にカレン、間違っても法術で味をどーこしよーとか考えないでよ」 「分かってる、もうしないわよ」 前科ありのカレンは、ベエっと舌を出す。 「あの娘の話、じっくり聞いてみる必要有りね」 ミナミは、そうトキヤに耳打ちしてカレンと共に食堂を出て行った。 「ねえ、トキヤ」 「なに?モナモナ」 「あたしもジュース欲しい」 「はいはい」 トキヤは、手早くビィのイチゴのジュース作りに取り掛かった。 コンコンと軽くノックをする。 「どうぞ」 マナミの返事を聞いて、スパゲッティとジュースを持ったトキヤが扉を開けた。 「食べるもの持って来たよ」 ベットの上で、腰に大きなクッションを当てて上半身を起こしている女の子と、その傍らの椅子に掛けているマナミ。女の子は間違い無くビィの集合体から助け出したあの娘だった。 「あら、トキヤくん、用意がいいのね」 「少しは食べないとね、食欲が無ければジュースだけでも」 女の子は、大きな黒い瞳でトキヤの顔をまじまじと見つめる。短めの黒い髪も、濡れそぼったひどい有り様から、綺麗に乾かされブラッングされていた。さっきは気が付かなかったけど、上品な顔立ちが印象的だ。 「さっきは済まない、叩いたりして」 少し赤くなる。 「いいよ、誰だっていきなり人工呼吸なんかされたら、びっくりするもんね」 トキヤは、マナミの隣の椅子に座ると、お皿とコップの乗ったトレーを女の子に差し出した。 「冷めないうちにどうぞ」 「……ありがとう」 トレーを受け取る彼女。マナミに借りたパジャマの胸元に妖精の卵のペンダントが揺れてる。 「マナミも、厨房にどっさりあるから、良かったら食べて」 「えっ、いいの、うれしい!トキヤくんのお料理って凄く美味しいのよね」 マナミは、ぎゅっとトキヤを抱き締めてから立ち上ると、 「じゃあ、ちょっといただいてくるわね」 扉のところで、手をパタパタッと振ってから足音を響かせて行ってしまった。 「ホントに美味しい」 女の子が食べる様子をニコニコしながら見守るトキヤ。 「元気になって良かった」 「あの、これ何のジュース?」 一口飲んで女の子。 「不味かった?」 「いえ、とっても美味しい。でも、いままで飲んだことのない味だから」 「ビィのイチゴ」 「えっ、ビィ?」 ビックリの目でコップの中を見る。 「樹海にだけ生えてる果物の名前。ビィとは関係ないよ」 「樹海の果物」 今度は、不思議そうな目をする。 「いくら気に入っても、樹海に採りに行っちゃ駄目だよ」 「樹海に?面白そうだけど、そんなことを言ったら僧正様が目を回すな」 「僧正様?」 「教会の司祭様だ」 「へえ、偉いお坊さんと知り合いなんだ」 「偉いのかな。うん、偉いんだろうな」 「此処の村長さんも七神教会のお坊さんだけど、なかなか偉いよ」 「此処の村長?」 「そう、未子矢(みこや)村の村長。さっきのマナミは、そのお孫さんなんだよ」 「未子矢村?」 「知らない?」 「済まない。聞いたことがない」 「まあ、蹄国でもド田舎だからね」 「えっ、蹄国だって?」 「そう此処は蹄国。知らない?」 「蹄国は知ってる。そんな遠くなのか……ここ」 胸の妖精の卵を握り締めて目を閉じる。 「キミ、何処の誰なの?」 トキヤの問いに彼を見つめる。 「私は、伽国の第一王女メグミ・イズマ」 彼女は、凛としたよく通る声で身分を明かした。 「どうして私は、蹄国にいるんだ?」 今度は、呟くようにトーンが下がる。 「……ビィと何か関係が有るのかな」 トキヤは、そう呟いた。 夜も更けていた。トキヤにヨシア、ビンゴの3人が椅子を並べて輪になっている。 「伽国に行くだと」 「うん」 離れの2階。屋根の傾斜がそのまま壁になっている屋根裏部屋みたいな造りなので少々狭い感じ。 「メグミ王女を送って行くってか?」 「だって可哀想だよ。いくら王女様でも、こんな遠い異国じゃ、だだの女の子だもん」 「それにしても遠いな、大陸の端から端だぜ」 「ヨシアって、以外と冷たいんだね」 「いや、伽国に行くのが嫌だってわけじゃないんだ。率直な感想さ」 「しかし、伽国に彼女を送っていっても、見返りは期待出来ないぜ」 「見返り?」 トキヤは、キョトンとしてビンゴの顔を見る。 「駄目、駄目、トキヤが人並みに欲があると思っては。こいつはいい子なんだから」 ヨシアが、トキヤの頭を撫でる。 「止めてよ」 トキヤが口を尖らせた。 「それもそーか、トキヤならいまさら金儲しなくても、そこいらの王室より金持ちだもんな」 「そーなの?」 「そーなのって、おいトキヤ、お前いつのまにそんな金持ちになったんだ?」 「知らない」 「どーしてなんだビンゴ。俺達は分け前を等分している筈だぞ」 「トキヤは、ヨシアみたいに無駄遣いしてないんだよ。儲けのほとんどを俺に投資してくれてるし、内職もしてるしな」 「内職?」 「ジャムだよ、ビィのイチゴのジャム。モナモナの光羽根の粉入りで、同じ量の黄金と同じ値段で売れるんだ」 「あれをそんな値段でボッてるのか」 「馬鹿言え、安いぐらいだ。トキヤがそれ以上の値段を付けさせてくれんから」 「そして、ビンゴに投資すると金持ちになるのか」 「当然だ、俺は金を稼ぐ天才だからな。はっはっはっ!」 意味も無く立ち上がって、腰に手を当てて大笑いする。 「騙されてんじゃないのかトキヤ、一度、全額返して貰ったほーがいいんじゃないか」 「さあ」 「人聞きの悪いことを言うな。俺の商売は信用第一だ。それにトキヤの資金を一度に引き上げられたら、俺の会社が倒産してしまうだろう」 「なんだかんだ言っても、結局、トキヤに頼ってるんじゃねーか」 「しかし、ちゃんと利子を付けてるぜ。伽国とは違う」 「だがよ、どーして王女様を送り届けても見返りを期待出来ないんだ。伽国ってのは、そんなにシミッたれた貧乏国なのか?」 「伽国って、小さな国だけど、交易が盛んで、けっこう豊かな国の筈だったと思ったけど」 「そうだなトキヤの言うとーりだ。だがそれは一年前までの話だ。いま現在は違う」 「えっ、どうして?」 「何故なら伽国のイズマ王朝は、滅んだも同然だからだ」 「滅んだって、革命か何か?」 「違う、お前達、本当に伽国のこと知らんのか?」 「場所ぐらいしか知らない」 「場所も知らん」 当然ヨシアである。 「いまから一年前、伽国の王宮がビィに襲われ樹海に没した」 「何だってビィが樹海の外に出たのか」 「そうだ。樹海は後から出来た」 「一年前、それって」 「そう、お前達の育った那岐(なぎ)国のキャンプが焼かれたのと同時期だな」 「関連はあるのか?」 「分からん、俺も関連づけて考えたことは無かったし、那岐国と伽国だって相当離れているからな。情報も随分遅れた……というより隠されているからな」 「ボクは知らなかった」 「俺もだ」 「ユニオンが伽国に乗り込んでいるらしいからな。奴等、何でも秘密にしたがる。知らないのは、お前達だけじゃないさ。地の大陸のほとんどの人間が知らない筈だ」 「違いない」 フンと、鼻で笑うヨシア。 「それで、伽国の王族は滅んだと」 「王都にいた人間は、ほとんど全滅だ。公式には、メグミ王女も死んだことになっているだろう」 「じゃあ、王位継承者は居ないんだね」 「いや、イズマの直系は、彼女の従兄弟が生き残ってる。確か留学中で難を逃れたらしい。それと王女の叔父にあたる人物だな。それ以上の詳しいことは今は分からん」 「王女様は、そのことを知ってるのか?」 「どーだろう」 「だいたい、あのお姫様は何時からビィの腹の中に居たんだ?」 「そのあたりの記憶が、まだ曖昧みたいなんだけど、一年前の事件と関係あるんじゃないのかな」 「その記憶が手掛かりになるか」 「だと思う」 「伽国の現状、彼女にとっては辛いことだが、事実は事実として、ちゃんと教えてやらなくちゃ駄目だぞ」 「そういうわけだ。トキヤから教えてやってくれ」 「えっ、ボクなの?」 「俺は説明が下手だ」 「俺は部外者だ」 「だいたい、トキヤが拾って来たんだから、お前には、ちゃんと面倒を見る責任があるんだぞ」 「拾った責任て……分かったよ。明日、話すよ」 トキヤは、ため息をついた。 「どうしたのトキヤ」 「んっ、ちょっと考えごと」 月明かりに青く輝く白虎の肩に座っているトキヤ。膝を抱え込んで、身体を丸めている。 モナモナは、そのトキヤの肩に降りて座った。光羽根が周囲をほのかに明るくする。 「お腹一杯になった?」 「健康のために八分目ってところね」 「あれだけ食べて、その小さい身体の何処に入るんだろう」 「それは秘密」 光羽根を広げたので光量が増す。その小さい身体は、女性が思い描くの理想的なプロポーションをトレースしている。 「トキヤは元気ないね。お腹でも空いたの?」 「そーじゃないよ」 離れの窓の明かりを見る。今晩は、マナミがメグミ王女に付き添ってくれることになっている。ミナミとカレンの法術による治療で、危険に衰弱した状態から脱したけど、まだ体力が元に戻ってはいない。 「ああ、あの娘のことね。そんなに心配しなくたって大丈夫。明日はベットから降りて自分で歩けるわよ」 「その点は心配していないんだけどね」 「伽国のことでしょう?」 「知ってたんだモナモナは」 「ビィの中に直接、人間を放り込むなんてこと、禁忌呪法しか出来ないもんね。そして最近の禁忌呪法の使用例は2つだけ」 トキヤとモナモナの使う多次元刻印も禁忌呪法の括りには入るが、本物の禁忌呪法では無い。 「那岐国のユニオン・キャンプに掛けられたものと伽国の王宮に掛けられたものか」 「そーいうこと。当時は、それどころじゃなかったから黙ってたんだけどね。精霊達が教えてくれてたの」 「確かにボクは余裕が無かったから」 「当然だわ」 「その術者は、一人なのかな?」 「2つの禁忌呪法は全くの同時に行われているわ。だから、それは無いと思いたい。呪法の体系が違うし、距離……は、あまり問題じゃないけど、力は必要とするわ」 「一人じゃ無理か」 「いえ、一人でも可能よ。つまり、もし一人の術者の仕業なら、あたし達に勝ち目はないってこと」 「その時は、逃げるよ」 「それが正解ね。とにかく、メグミには本当のことをちゃんと伝えなきゃ駄目よ。彼女も多分、予想はしていると思うけど」 「うん、ビンゴにも同じこと言われた」 「それに、メグミは禁忌呪法の術者を見ているかもしれない。もしそうなら、あたし達の仲間を殺した術者と無関係ではないわ」 モナモナは、トキヤの頭によじ登る。トキヤは、黙ってうなずいた。 早朝。粉砕機が大きな音を響かせながら、ビィのウロコを細かく砕く。この機械自体は、ビィのウロコに使うものではないが、今回の大きさが大きさなので、とりあえず代用されていた。 「間もなく残りの粉砕も終わるぞ」 「パウダーは、タンクに入れたの?」 「まだだ、青いドラムに入れてあるだろ」 「えー、ドラムってこれ?」 「オイルに精製するのと間違えないでよ」 「どっちに入れたって同じでしょう」 「違うわよ、オイルにする方は、ザラメにカットして、赤いドラムに入れてあるわ」 「ふーん」 「おい、塊はビンゴのビンゴの飛空船に移すんだろ。どこに置いた」 「もうボクが、白虎で移したよ」 「そうか、早いな」 「ヨシアが遅いの」 「そう言うミナミだって、早くは無かったんじゃない」 「てへへへっ」 2人とも、長めの仮眠を取っていた。 「こら、モナモナ、折角カットしたビィのウロコを食うんじゃない」 「甘くて、美味しいんだよ」 卸値で、サラリーマンの平均年収ぐらいを食べてしまっていた。 「だったら、アメでも舐めとれ」 粉砕機の轟音と、モウモウと粉になったビィのウロコの舞う白虎の格納庫。僅かな時間の仮眠を挟んで未明から、加工作業が続けられていた。 全員がマスクとゴーグルを装着して、砕いたり削ったり。ウロコは、鮮度の良い柔らかいうちに加工するのがいいで、この時間の作業になっている。 「粉砕が終わったら機械を止めてよ。耳がおかしくなっちゃう」 「了解」 「コラ、スイッチが逆だ」 「どーりで音が大きくなったわけだ」 「おい、パウダーをタンクに吸い込むぞ。ホースを取ってくれ」 「それにしても、全部入るかな」 「ギリギリなんとか」 「オイルの精製機も動かすわよ」 「だから、スイッチを逆にひねるんじゃないっての!折角、入れたのにバラ撒いちまうだろ」 「わざとじゃないんだから、そんなに怒んないでよ」 「この精製機もウルサイわね」 「でも、量が多いから、一週間ぐらいは我慢しないと」 「こんな大量に精製することなんて想定していないからな」 ゴトゴトとオイル精製機が動く。粉砕機よりは、マシだが静かではない。精製されたオイルは、機動装甲と飛空艇の循環液として使用する予定だ。 「うへー、粉だらけ」 「羽根が白くなっちゃった」 「早く、お風呂にしよう」 作業が終わると、女の子達は温泉へとゾロゾロ。 「ヨシアは、どうするの?」 「俺は、もう少し寝る」 その場で、粉だらけのシートにくるまって横になってしまう。 「お昼には出発するから、それまでには準備しといてよ」 「まかせとけ」 寝転がったまま、片手をちょっと挙げた。 トキヤは、飛空艇のタラップを降りる。空には、もう日が昇っていた。 「さて、朝ご飯の用意、それから・・」 離れの窓を見る。カーテンは、まだ引かれたままだ。 「おはよう」 朝食のオカユを持って、メグミの部屋に入るトキヤ。 「おはよう」 部屋にはメグミだけがいた。 「あれ、マナミは」 「聖堂に行った」 「朝の礼拝でもあるのかな」 「そうらしい」 「これ、朝ご飯ね」 今朝は、トレーをテーブルに置いた。 「済まない、何から何まで」 メグミは、ベットから起き出した。まだちょっと身体がフラつくよーだ。 「大丈夫?」 「ああ、心配ない」 ちゃんとテーブルに着いた。 「話し、していい?」 トキヤは、近くの椅子を引き寄せて座った。 「私もトキヤに聞きたいことがある」 「なに?」 「伽国のこと教えて欲しい。あの時、何か大変なことが王宮に起こっていた。それだけは分かる。でも、それ以上は思い出せない」 「ボクもそのことをメグミに話しに来たんだ。確かに楽しい話しじゃないよ」 「そうか」 「メグミが、ビィの中に飛ばされたのが、何時なのかボクには分からないけど、伽国に大きな異変が起こったのは、一年前のことだ」 「多分、その辺りだろう。私の記憶では、それは突然に起こったから」 「一年前、伽国の王宮にビィが出現した」 「ビィ」 メグミは、身体を震わせた。 「闇に光る目」 頭痛を押さえるように額に手をやる。 「ビィを見たんだね」 「……そうかもしれない。でも、はっきりとは分からない」 「無理する必要は無いよ。いずれ分かることだから」 「それで、王宮はどうなったんだ?」 「樹海に沈んだ。伽国の王都と共に」 「そうか、王都も樹海に没したのか、王都は捨ててもかまわない、だから……」 メグミは、胸の妖精の卵をギュッと握り締めた。 「駄目だ、まだ思い出せない」 「焦ることはないよ、一時的なものだそうだから」 「王家の人間の消息は分かるか?」 「ビンゴの情報じゃメグミの従兄弟と、叔父さん生き残ってるらしい」 「それだけか」 「詳しいことは、今は分からないって言ってた」 「でも、多分そうなのだろう。父は重い病で、ふせっていたし、何が有っても王宮を捨てて逃げたりはしない」 「お母さんは?」 「母は、私が小さい頃に亡くなっている」 「そうだったんだ」 「第一王女とは言っても、私に兄弟はいないのだ」 「でも、メグミは生きていた。イズマ家の血は残ってるよ」 「情けない第一王女だがな。国の大事に異国に放り出されているのだから」 「でも、いまメグミ王女が焦っても仕方が無いことだよ」 「それは、言えてるか」 無理をして笑顔を作っているのが分かる。 「正午になったら、ボク達は此処を出発するよ」 「もう、行ってしまうのか」 「ターゲットのビィは倒したからね」 「そうだったな、トキヤたちはビィハンターだったんだな」 「未公認のね」 「ビィハンターの話も聞きたかったな」 「一週間あるから、いくらでも話してあげるよ」 「一週間だって?でも、今日出発するんだろ」 「行き先は伽国。メグミも一緒に行くんだよ」 「えっ、しかし、そこまで甘えるわけにはいかない」 「報酬なんか要求しないから、心配しなくてもいいよ」 「いや、そういうことじゃなくて、トキヤたちにこれ以上の迷惑を掛けては」 「迷惑だなんて、思ってないよ。それに伽国のことを知ってしまった以上、ボク達は行かなくちゃならない」 「伽国にか」 「そういうこと。一年前ボク等が育った那岐のキャンプも禁忌呪法によって焼かれたんだ。同時に2つの禁忌呪法。何か関連があるのかもしれない」 「そうか、なら私も便乗させて貰うか」 「それがいい。飛空艇なら一週間で伽国に到着するよ」 「随分、速いんだな」 伽国と蹄国は、地の大陸の東海岸と西海岸のそれぞれ両端に位置しているから、大陸の中では最も遠い場所になる。 「本当のことは、自分の目で確かめたほうがいい。悲しむのは、その後からでも遅くはないと思う」 「私に悲しんでる時間は無い」 目を閉じるメグミ。 「でも、朝食を摂る時間は有るよね。冷めないうちに」 「ああ、済まない」 メグミの微笑にトキヤは、ドキッとした。その胸のときめきの意味までは分からなかったけど。 正午になる。白虎も格納庫に納め、出発の準備は整った。 「元気でね、また近くに来たら、ぜひ立ち寄ってよね」 マナミは、トキヤの手を握った。 「マナミも元気で」 トキヤもニコっと笑う。 「感謝しとるよ」 村長は、シワだらけの笑みを見せた。 「出発するわよ」 「早く乗って」 飛空艇からの声。もうミナミとカレンが乗り込んでいる。ヨシアも、結局まだ格納庫の床に転がったままだ。 「伽国には、俺の方から連絡を入れておく。飛空艇の入場する工場も決めておくから、そうだな、伽国には2、3日滞在しろよ」 ビンゴも、遅れて出発することになっている。こちらの第10ビンゴ丸も飛空艇の隣に浮かんでいた。 「手間を掛けた」 メグミが頭を下げた。 「じゃあ、行きますか」 トキヤは、メグミの手を取る。彼女の着ているのは、トキヤたちと同じオーバーオールの作業服。お姫様らしく白いドレスなど勧められたのだが、自分で作業服を選んだのだった。 「モナモナ、行くよ!」 「はーい」 蜂蜜で、口の周りをベタベタにしたモナモナが離れの厨房の窓から飛び出して来る。早めのお昼に作ったホットケーキをまだ食べていたらしい。 「でも」 メグミは、宙に浮かぶ飛空艇を見上げた。 ちょっと乗り込むには無理の有る高さだ。 「大丈夫だよ」 「きゃ」 トキヤは、メグミの身体をひょいと抱きかかえる。足元に小さなつむじ風が生れ、20メートルは、優に越える高さを一気に跳躍させる。 2人は、飛空艇の小さなデッキに静かに着地した。 「凄い」 マナミは、その様子に目を丸くした。 「じゃあ、またねマナミ」 「村長さん達も元気でね」 「今度は、遊びに来るね」 飛空艇から3人娘達の声。 トキヤは、デッキの手すりから身を乗り出して手を振った。 メグミは、手すりを握り締めて、トキヤをじっと見る。 「言っておくがトキヤ、私の身体に気安く触って欲しくない」 「えっ、どうして」 「それは……いけないことだからだ」 赤くなるメグミ。 「どうしていけないの」 興味津々という目のトキヤ。 「だって、恋人同士でもないのに」 「恋人ならいいの」 「……そういうことになるかな」 プイと横を向く。そのまま藍色の瞳に見つめられていると、何だか胸が苦しくなるような気がしたから。 飛空艇は高度を上げる。 地上のマナミから、飛空艇は点のようになり、やがて消えてしまうまでに、それほど時間を要さなかった。 ■SCENE009 ■目次 ■TOP ■ねこどっとこむ Mambo Nekoyanagi |