SCENE009



飛空艇は、あらかじめ設定した高度に達すると、伽国(かこく)に向けた自動飛行に移行する。操艇の法術プログラムを終えたミナミとカレンは一息を着く。後は、飛空石が全部やってくれる。
「トキヤと王女様は、どうしてる?」
「まだ、デッキだよ」
「ふーん、仲いいのね」
「妬ける?」
「そう言うカレンは、どうなの?」
「トキヤは、優しいから、メグミ王女のことを放っておけないのよ」
「それはわかるけどね。王女様の方が勘違いしたらどうする?」
「したって、どーしようもないわよ。トキヤは、モグリのハンターで、あちらは伽国の王女様。しかも王位継承権第一位よ」
「世間が許さないか」
「でも、お姫様を助けたのは、トキヤだから……それに……」
「それに?」
「ヨシアが言ってたけど、トキヤってば、凄いお金持ちになってたのよね。一方、伽国の王室は存亡の危機。ひょっとするとひょっとするんじゃない」
「じゃあ、どっちなのよ!」
「状況によっては、マズイことになる可能性有りかも」
「それはマズ過ぎるわよ、どうにかしてよカレン!」
「あたしにどーしろっていうのよ」
「まさかカレン、あんたトキヤとあの王女様を結婚させて、伽国を影から操るつもりね!そして頃合を見計らって、王女様を暗殺して、自分が女王にとか考えてるんでしょう!」
「伽国ぐらいなら、そんな回りくどいことしなくたって、3日もあれば十分よ」
「……」
微笑したカレンに、ミナミはちょっとビビって壁際に引く。
「冗談はさておき、どうしたものか」
「いっそのこと、王女様を亡き者にしよーとか考えてたりして」
「やーね、それだったら、もっと先に片付けなきゃならない奴がいるわよ」
カレンは、じっと誰かを見る。
「同感、あたしもそれを考えていたのよ、王女様より、ずっと危険な奴がいるってね」
2人は、立ち上がり飛空石を挟んで互いに睨み合った。

「こんなに高いのに風が無いんだ」
「刻印で飛空艇の周りに結界を張っているから、風も無ければ寒くもないんだよ」
雲の塊が、飛空艇の脇をすり抜ける。眼下は赤茶けた荒れ地が続く。戦闘時ではないので最大速度の30%程度の飛行速度である。
「艇内に入ろう。案内するよ。狭いけど一週間の辛抱だから」
「そんな、乗せて貰えるだけで十分だ」
トキヤは、ハンドルを回してハッチを開ける。戦闘艇だけに装甲も気密も高い。
「狭いどころか、外から見たよりずっと広いんだな」
明るい艇内は、通路も随分とゆったりしている。
「永久刻印で、空間を拡張してあるんだ。だから、外よりも内側の方が少し大きい」
永久刻印は、刻印を物理的に刻み付けて永久的な効果を持続させる。
「本物の永久刻印か、王宮にも古いものは有る」
地の大陸における永久刻印の法術テクノロジーは、現在ほぼ失われいる。刻印師の造り出す刻印は、永久刻印と見掛けは近いが、その域には達しておらず、打ち直しは出来ても全く新しいものを造るのは不可能だった。
「少し薄れているな」
「再生がまだ不十分なんだよ」
飛空艇内の永久刻印は、ミナミが解析し刻印を修理したもの。あとは、飛空艇自身の再生能力に任せている。
「まずね、ここがボクの部屋」
「トキヤの部屋?」
メグミを案内して自室のドアを開ける。案内と言っても、デッキからは僅かに通路を進んだだけ。部屋も、ベットと衣類入れがあるだけの狭い空間。
「伽国に着くまでの一週間は、この部屋を使うといいよ」
「えっ、ここを」
「そう、狭いけど、ちゃんとベットがあるからね」
「でも、いいのか?この部屋を使って、トキヤはどうするんだ」
「ボクは何処でも眠れるから。まあ、ヨシアよりは場所を選ぶけどさ」
「わたしだって、何処だっていいぞ。気を使わなくたって大丈夫だ」
「夜は白虎の整備をしてるから、そのまま格納庫で眠っちゃうんだよね、だから、ほとんどこの部屋は使わないんだ」
「わたしこそ格納庫でかまわないのに」
「駄目だよ、メグミは体力がまだ戻ってないんだから。あっ、モナモナが一緒だけどいいよね。お菓子の粉を巻き散らすけど我慢してね」
「うん……そう言ってくれるなら使わせて貰うよ」
「決まりだね。じゃあ、次に行こう」
「あっ……」
トキヤは、メグミの手を取る。彼女は、ちょっと抵抗したけど、そのまま連れて行かれてしまった。

「どうしたの2人とも?」
飛空艇の操艇室に入り込んだモナモナは、飛空石を挟んで睨み合っているミナミとカレンを発見した。
「やーね、ただの冗談よ」
「そーそー、冗談なのよ」
2人は、引きつった笑みを浮かべて、しっかりと肩を組んだ。
「どーせ、また良からぬことを企んでいたんでしょう」
「またとは、なによ、またとは」
「あえて否定しないけど」
「メグミのことでモメてたんじゃないの?」
「うっ……」
「ほら、当たった。あんた達は、どーしてトキヤと一緒にいる女の子に過剰に反応するのかな」
「だって……」
「メグミをイジメたりしたら、絶対トキヤに嫌われるね」
「それは嫌だよ」
「うん、嫌」
「だったら、仲良くするのね」
「わかったわよ」
「……うん、仕方が無いか」
「なんか、嫌そーね」
「そんなことないよ」
「ないもん」
2人は、肩を組んだままニマっと笑った。

「どーしたの2人とも?」
ミナミとカレンが肩を組んで、ニンマリしている操艇室に、メグミを連れたトキヤがやって来た。
「2人の友情を確かめていたところよ」
「……そういうことにしておいて」
2人して、ヒクヒクしている。
「王女様にしては、作業服がなかなか似合うわよ、メグミ」
彼女の肩にとまるモナモナ。
「ここが操艇室。あの飛空石で操艇するんだ」
「あれが、飛空石」
「知ってる?」
「ああ、でも、赤い飛空石は、初めて見た」
「あたしも妖精の卵を初めて見たから、この勝負、引き分けね」
モナモナは、メグミの胸元に回り込んで、中のペンダントを覗き込む。
「妖精が、その卵を見たことがないなんて、不思議な気がするけど」
「自分の生れる前の姿なんて、知る訳ないじゃない」
「まあ、それもそうか」
「そんなことよりトキヤ、そろそろジャムの仕込みをしないと」
「あっ、そうだったね。メグミの案内が終わったら始めよう」
「待って、それなら王女様の案内は、あたしとカレンがしてあげる」
「うん、飛行コースの設定も終わったから時間も有るし」
ミナミとカレンは、ニコニコしながらメグミの両側から手を取った。
「ふーん、急に愛想が良くなったんたで」
モナモナが疑惑の眼差しで2人を見る。
「やーね、あたし達は、何時だって友好的ないい子なのよ」
「そう、いい子なの」
「じゃあ、頼むよ。後はこの後ろのフロアだけだからさ」
「了解」
「美味しいジャムをお願いね」
「わかったよ、メグミまた後でね」
トキヤはモナモナを頭の上に載せたまま出て行き、操艇室には3人の女の子が残された。
「では、この飛空艇の操艇室から説明するわね」
「何か知りたいことある?」
ミナミとカレンはいつにも増して感じの良い笑みを浮かべた。少々わざとらしいほどの。
「まず、この飛空艇の建造年についてなんだけど」
「建造年?」
「わたしが見たところ、統一帝国時代晩期のものだと思うのだが」
「ああ、もの凄く昔ね」
「うん、歴史の時間に習った」
「ただ、統一帝国時代晩期の建造だとすると、その赤い飛空石が問題だ」
「えっ、この飛空石?」
「そう、通説では赤い飛空石は、統一帝国初期に極小数が生産されただけのプロトタイプとされている。だが、この飛空艇には、精霊砲兼自動刻印筒がある。これは帝国晩期のテクノロジーだ。さらに通路の空間拡張の永久刻印は、中期の書式が使われている。あなた達は、その時間のズレをどう解釈してるんだ」
「……えーと」
「……わかりません」
すっかり、メグミのペースに飲み込まれてしまう2人であった。

「まずは、ビィのウロコの粉を片付けなきゃ駄目だね」
「また、派手に散らかしたわね」
「仕方ないよ、物が物ですから」
「世界的な需要の4分の1とかなんでしょう?」
「需要じゃなくて流通量らしいよ」
「ふーん、たいしたものね」
「ビンゴが言うには、量が多過ぎて、全部を一度に現金化するのは無理なんだって」
「そこいらの経済面は、トキヤに任せるわ。あたしは、格納庫の方をちょちょちょいと片付けてあげる」
トキヤとモナモナは、白虎の格納庫にいた。ここには、ジャムの材料も保管されている。未明の作業時と違って、いまは白虎も納められているので、ちょっと狭苦しい。
「モナモナ、ゴミと粉は分けて集めてよ。パウダーはまだ使えるんだから」
「わかってるって、バケツを2つ用意してくれればいいわ。分別収集してあげる」
「ほい」
モナモナの前に2つのバケツを並べた。それを受けて、彼女は空中に静止して、両腕を広げた。
「エアリアル、ちょっと力を貸してね」
カタカタッ……。
モナモナが風の精霊の名前を口にすると2つのバケツが振動を始めた。
続いて小さなつむじ風が2つのバケツの上にそれぞれに生じた。
次第にその2つの風は強くなり、格納庫内をかき混ぜるほどの大きさになる。
「わっ!」
トキヤはたまらず、白虎の足にしがみついた。モナモナの周りだけは、風が避けて通るので、髪すらなびくことはない。つむじ風から成長した2つの小さな竜巻が、それぞれのバケツから伸びて身をくねらせた。
ガタン!
最後に大きな音をさせて風が止む。
「ううっ」
唸り声が聞こえる。
「トキヤ、でっかいゴミが取れたわよ」
「えっ?」
風にやられた目を擦ると、床に倒れているヨシアがいた。ゴミの方のバケツに頭を突っ込んで唸っている。
「……いったい何処で眠ってたんだろう」
「まったく……姿が見えないと思ったら、呆れた奴ね」
「んっ、何だどうした、もう夜なのか、やけに暗いんじゃねえのか」
バケツを被ったヨシアは、そのままの格好で身体を起こした。だから折角、集めたばかりのゴミがバラバラと床に落ちる。
「あーあっ」
「今度は、ヨシアが掃除してよ」
「何か、息苦しいな」
ヨシアは、まだバケツを被っていることに気付かず、2人の苦情も聞こえ無かった。

夕暮れの空を飛空艇は飛び続ける。
蹄国(ていこく)から伽国(かこく)までの航路をたどって。
二国は、大陸の西岸と東岸に位置する。
その航路は大陸を真横に横断する一直線のコースが最短なのだが、実際には途中に数多く点在する樹海と標高の高い山脈を避けるので、かなり曲がりくねった航路を取ることになる。
「この飛空艇なら、山だって樹海障壁の天井だって越えられそうだが」
「あまり高度の高い場所は、空気が薄過ぎて駄目なの」
「刻印と法術で何とか出来るけど、長時間の高々度飛行は、効率的な運用とは言えないのよね」
「なるほど、わたしも飛空機での山越えは、限界高度を維持するのは苦労したからな」
「それって、自分で操縦したの?」
「他人の操縦じゃ面白くないだろう」
「すごーい!」
「どーりでオーバーオールが似合う訳だ」
「そーいうことだな」
ミナミ、カレン、メグミは、デッキの手すりに横一列に並んで談笑している。すっかり打ち解けた感じになっていた。
「綺麗な夕焼けだな」
「飛空艇から見ると特にね」
「それは言えるな」
地平線に沈んで行く太陽。雲も空も飛空艇も茜に染める。
「ねえ、ビィハンターって楽しい?」
「いきなり難しいこと聞くのね」
「そうか?」
「王女様って楽しい?って聞かれるのと同じだよ」
「わたしの場合、嫌な仕事ではない」
「あたし達も同じかな」
「うん、嫌ではないけど、ビィを狩ること自体は楽しくない」
「どちらかというと苦痛かな」
「苦痛?」
「ビィもまた七神の子だからね」
「あたし達と同じ」
「そうなのか?わたしにはとてもそうは思えないけど」
「地の大陸のほとんどの人がメグミと同じ意見だと思うけど、あたし達はビィに人と同じ魂があることを知ってしまったから……ね」
「ビィに魂があるのか?あの法術兵器に」
「あるわ。ユニオンでさえ認めていないことだけどね」
「その証拠に送ることが出来る」
「ビィを送るのか」
「変わり者だからね。あたし達って」
「それは言えてるわね」
「ビィに人と同じ魂があるのはわかった。しかし、ビィは狩らなくてはならないと思う」
「そりゃあ、罪の無い人を傷つけるのは、ビィであれ人であれ、そいつは悪い奴だからね」
「人を傷つけないビィならば、あたし達は狩らないと思う。でも、まだ出会ったことは無い」
「ビィは人を狩るように本能としてプログラムされているからね。昔の人はエグイことを思い付いたもんだ」
「そうだな、ビィを造ったのは人。ビィもまた七神の子か……」
メグミの脳裏に光る眼の映像がフラッシュバックする。
「……ビィ……くっ」
頭を両手で押さえる。
酷い頭痛が思考を遮った。
膝を折ってその場に座り込む。
「無理しちゃ駄目」
「でも、いま……」
「まだ早いのよ」
「時間が経てば自然に思い出せるから」
ミナミがメグミの身体を抱えて、カレンがその額に手をやった。
「ああっ……」
額に氷を当てられたような冷たい感触。そして頭痛がスーっと消えて行く。
「どう?」
メグミの顔を覗き込むミナミ。
「済まない、もう大丈夫だ」
ミナミの手を借りて立ち上がる。
「何か思い出したの?」
「カレン」
「あっ、ごめん」
「いい、もう頭痛は無くなったから、それにたいしたことは思い出せなかった」
「ビィのこと?」
「駄目よミナミ、無理させちゃ」
「いや、いいんだ。ビィ、あれはビィだったのか?まだはっきりとはわからないけど」
「そんな気がするのね」
「ああ」
「記憶の断片だね」
「でも、昨日よりはいいでしょう?」
「そうだな、昨日は自分のことすらはっきりしない部分があったから」
「明日になれば、もっと良くなるよ」
「そう願いたい」
「なんたって、あたし達2人が治療したんだから、絶対に元に戻るって」
ミナミとカレンは、愛想笑いじゃないホントの笑みを浮かべた。

「ねえトキヤ、味見してもいい?」
モナモナは、完成間近のビィのイチゴのジャムを覗き込む。
「これに着けるといいよ」
トキヤは、ジャムの入ったドラム缶みたいな大きな鍋をオールみたいな大きなスプーンでゆっくりとかき混ぜている。
「わあ、パン」
モナモナに彼女の3倍はありそうな、大きなパンを渡した。下手にジャムだけ味見させると、一度に鍋の半分ぐらいペロンとやりかねないから。
「重くて固いパンだね」
大きなパンを両手で抱えてヨロヨロ飛ぶ。
「法術で圧縮しながら焼き上げたんだ。本当は、その10倍の大きさなんだよ」
「くだらないことに法術を使ってるわね。師匠として、ちょっと情けないわ」
「そーでもしないと、モナモナに全部食べられちゃうからね」
「失礼ね。他人の分まで取らないわよ」
「どのあたりまでが、自分の分なのかな」
「……おなか一杯になるだけ」
「それって、ほとんど全部ってことじゃないの?」
「場合によっては……かな。トキヤ、肝心のジャムをちょうだい」
「はいはい、言っておくけど、あくまで味見だからね」
パンごと鍋に特攻されては困るので、小皿にすくってテーブルに置く。
「わかってるって」
テーブルに着地したモナモナは、まず最初に圧縮パンを齧る。
「ふむ、まあまあね」
「パンの味はこの際いいよ」
「それぞれを味わっておかないとね」
パンをムシャムシャと食べ続けるモナモナ。ジャムは後回しらしい。
「美味しそうな匂だね」
「ここが白虎の格納庫」
「兼ジャム工場」
メグミを案内して、ミナミとカレンがやって来た。
「3人も味見してみる?」
「する」
間髪入れずミナミが答える。
「では、どーぞ」
トキヤは手品みたいに空中からクラッカーを取り出して見せた。それにジャムを載せてみんなに渡す。何故かモナモナも一緒に貰う。
「どうかな、今回の出来は?」
3人が食べる様子をじーっと見るトキヤ。モナモナは、何でも美味しく頂く妖精なので、あまり参考にならない。
「これは凄いな……昨日のジュースといい、このジャムといい、やみつきになりそうな味だ」
ホッペが落ちないよーに両手で押さえているわけではないのだろうが、頬に手をやって余韻を味わってるメグミ。
「一度食べたら忘れられない禁断の味だもんね」
「そう、禁断症状があるらしいもの」
「やっぱり」
「ダテにビンゴの資金源じゃないわよ」
「末端価格が凄いそーね」
「どーりでトキヤがお金持ちな訳ね」
ミナミとカレンはクラッカーをカリカリ食べながら2人でヒソヒソ話す。
「人聞きの悪いこと言わないでよ。ビンゴにはボクたちの食べきれない分を譲ってあげてるだけなんだから」
「やーね、冗談よ、怒らないで」
「怒ってなんかいないよ」
口を尖らせる。
「あっ、やっぱり怒ってる。もートキヤならお金がなくてもかまわないのよ」
「お金のあるトキヤならもっと好き」
「まっ、カレンったら正直なんだから」
ミナミとカレンは、両側からトキヤのことを抱き締める。
「……苦しい」
「あの、もう一枚いいかな?」
その前でメグミが恥ずかしそうに言った。

「これが機動装甲だって?」
2枚目のクラッカーを食べ終えたメグミは、本来の目的である見学に戻って、格納庫に固定された白虎を見上げる。
「綺麗な機体だな。それに軍の機動装甲なんかより、ずっと人型に近い」
「ボクたちが便宜上、機動装甲に分類しただけだからね」
「白虎は、一般の機動装甲と構造からしてかなり違う。この前に見せた黒王なら、ずっと機動装甲に近いけど」
「光羽根を持ち、空を飛び、自動刻印を内蔵する。永久刻印の数も飛空艇といい勝負だし、まさに法術兵器ね」
「再生の永久刻印も刻まれいるな」
メグミは、白虎の装甲に触れた。
「原子分解されても、約100年で元に戻るよ。実戦では、ちょっと役に立ちそうも無い機能だけどね」
「そんなにか?変だな、この刻印なら秒単位での再生される筈だが」
装甲に刻まれた刻印を指でなぞる。
「メグミ、その滅茶苦茶古い刻印が読めるの!」
ミナミが驚きの声を挙げた。
「我がイズマ家は刻印師の出だ。だから小さい頃から刻印師としての教育が徹底して成されている」
「徹底というのが凄そうだけど」
「じゃあ、刻印が造れるんだ」
「まあ、多少は」
「手に職さえあれば、何が有っても路頭に迷うことはないものね」
「わたしの場合、もう半分、迷っているけどな」
メグミは肩をすくめる。
「いざとなったら、うちの専属刻印師というのはどうかな?」
ミナミが擦り寄る。
「えっ、専属?」
「刻印師まで揃えば、もう怖いもの無しだね」
カレンも。
「あたしたちだけじゃ、修理がやっとだもんね」
法術師の刻印は、一回のみで長期的な継続効果はしない。継続的な効果を必要とするなら、物理的に刻んだ刻印を使う。それを造るのが刻印師の仕事だ。
「そんな心配しなくたって大丈夫だよ。ビンゴがちゃんと伽国に連絡を入れているはずだから」
「そうだったな」
メグミは、寂しそうな笑みを浮かべた。
「それなら、伽国に到着するまで、修理だけでも手伝って貰っちゃおうか」
「あっ、それいい」
こちらは、嬉々とした笑みを浮かべた。

夜。
メグミが扉を開けると、モナモナが床に転がって自分より大きなお菓子を食べていた。
「どうシャワーは、ちゃんと使えた?」
「ええ、カレンに教えて貰ったから」
そこは、王女様だから、髪をタオルで拭きながらなんて、お行儀の悪いことはしない。例えパジャマ姿でも身だしなみは、しっかりしている。
「ねえ、直に眠る?それとも、もう少しお喋りする?」
モナモナは、お菓子を全部食べてしまって、自分の寝床に飛び乗る。天井からブラ下げたバスケットにクッションとタオルが入れたトキヤがこしらえた特製のベット。
「もう少し、いい?」
メグミもベットに座る。モナモナとちょうど同じ視線になる。
「疲れていない?」
「昨日のミナミとカレンの法術が効いてるみたいだ」
「それに妖精の卵ね」
「うん」
走り回れるほど元気ではないが、眠るにはまだ早い時間だった。
「メグミ、一つ聞いていい?」
「なに?」
「王女様って、どんなモノを食べてたの?やっぱりゴチソウかな」
「ゴチソウなんてないよ。質素倹約が我がイズマ家の家訓だから」
「ふーん、真面目なんだ」
「小国は、僅かな遊蕩でも傾く」
「謙遜しちゃって、伽国って地の大陸33カ国でも10番目ぐらいの大きさでしょう」
「12番目」
「中の上ってところか」
「だが、人の住める場所は、その半分にも満たない」
「樹海か……」
「いまは王都も沈んだらしい。まさに樹海だらけの国土だな」
「伽国が特別なんじゃないよ。地の大陸全体がそうだからね」
「言えるな。今日、空から見た景色もゾッとするような緑で大地が蝕まれていた。もしくは赤茶けた礫砂漠(れきさばく)だ、人の住める土地は少ない」
「いまの人の力では、樹海を消すことは出来ないからね。ビィを根絶やしにするのも無理だし」
「樹海を増やすことは出来てもか」
「普通の人間には無理だけどね。樹海自体はビィを封じる障壁を維持する為の刻印そのものだから」
「樹海が刻印?」
「あたしの考えだけどね。樹海障壁を造っているのは、統一帝国時代の失われた法術でしょう?でも、その永久刻印を見た者がいないのは何故?こんなに至る所に樹海はあるのに」
「そうだな、あの障壁が永久刻印無しで維持出来るとは思えない」
「でしょう。だから樹海そのものが刻印だと考えたの。樹海が刻印と同じように、障壁を造る法術に力を与え続けているとしたら説明は着くわ」
「樹海が障壁の源か。でも本当に、あの無秩序に生えた木々が、刻印として機能するのだろうか?」
「無秩序?」
「だってそうだろう」
「そっか、メグミはちゃんと樹海に潜ったことが無かったんだよね」
「一年近くいた筈だけど、残念ながらその記憶は無い」
「樹海の木々は結構、整然と並んでいるのよ。それに樹木の種類もパターンを作って群生しているから無秩序とは言えない」
「刻印としての解読は?」
「そこまでは無理よ。だから未だに仮説の域を出ない」
「樹海障壁の永久刻印が解読出来れば、樹海を消滅させられるのにな」
「樹海は人に害しないわ。むしろ恩恵の方が多い。害はビィだけね」
「ビィの棲む場所なら人に害するのと同じだ」
「いや、樹海だけが消滅すれば、ビィが野放しになる。哀れな地の大陸の人間は、3日で滅びるでしょうね」
「……確かにわたしは、樹海もビィも同一視していた。でも、伽国の王都が樹海に沈んだのはビィの所為なんだろう?」
「王宮に出現したビィを封じる為にね」
「つまり、伽国の王都を樹海に沈めた者とビィを使った者が別だと」
「そうなるわ。そして敵は、禁忌呪法を用いた後者」
「王宮にビィを解き放ったところで、誰も得などしまいに……」
「それとも得をする奴がいるのか」
「わからない」
「それがわかれば、誰も苦労しないか」
「そういうことだ」
「だけど誰が、伽国の王都を樹海に沈めたのかしら」
「樹海障壁は失われた法術のはずだ」
「そーなのよね」
「樹海障壁による歯止めがなければ、地の大陸は既に滅んでいたか」
「もしかして、伽国の王都に何か大掛かりな刻印が、大昔から用意されていたとか?まるで……」
「ちょっと待って」
モナモナの言葉を遮ったメグミは、額を押さえた。
「……それは……ビィの……古の刻印が王都に結界を……約定により……七神教会……七神……駄目だ、思い出せない……」
記憶の捜索を諦めて顔を上げた。
今度は、頭痛を併発しないで済んだらしい。
「その断片だけでも、伽国の王都にビィが現れることを、かなり以前から予知、いや危惧していたのがわかるわ」
「そうなのか?」
「たぶん何らかの手は打ってあったのね」
「古の刻印か……」
「七神教会も絡んでるらしいけど、それって統一帝国時代の七神教会ね。今の教会に樹海障壁を造るよーな超弩級の法術は残っていないもの」
「本当のわたしは、もっと色々なことを知ってるのだろうな」
「ついでにビィの消し方まで思い出してくれるといいんだけど」
「それは無理かもしれない」
上目使いにモナモナを見る。
「メグミの順調な回復振りからして、遅くとも2、3日中にはハッキリするでしょう。とても一年近くビィに封じ込められていたとは思えないわ」
「わたしも王宮から突然、蹄国に来たような気がする」
「その子が、メグミの時間を止めてくれたのね」
モナモナは、メグミのパジャマの胸元から覗く妖精の卵を指差した。
「この子が?」
「他に誰がいるのよ」
「……そうだな」
「メグミも運が良かったわ。あと少し救出が遅れてたらビィに同化か、良くて魂が汚れた状態かな」
「みんなには、感謝してる」
「メグミが感謝するのは、あたし達よりもその子が先だよ」
「この子に」
「運がいいのも、その子のおかげね」
「言えてる」
メグミは、ペンダントをパジャマから引っ張り出して見つめた。
「ありがとう」
石の中で膝を抱えて眠っている妖精は、身じろぎもしないが、メグミの掌にほのかな暖かい波動を感じた。
「大事にしてあげなよ。その子、メグミのこと大好きみたいだから」
「わたしも、大好きだって伝えて欲しい」
その仕草は、メグミの癖なのだろう。片手で卵を包み込むようにして握る。
「もう、わかってるよ」
「さすがだね、この子と話せるなんて」
「そりゃあ、これでも妖精ですからね。何となくわかるわよ」
モナモナは、得意げな顔で光羽根を広げる。でもそれは、あくまで『何となく』だが。
「ホントに、光羽根の妖精、魔法術師、精霊法術師、法剣士、空を飛ぶ機動装甲。それにこの飛空艇。どれを取っても凄い」
「なーにビィハンターとしては、まだまだヒヨッコだよ。4人揃ってやっと一人前かな」
「随分と手厳しいんだ」
「破壊力だけはあるけど、ビィハンターって、それだけじゃ駄目だからね」
「例えば?」
「ビィとの駆け引きに、戦況の予測や、持久力に、素早い逃げ足と色々よ」
「なるほど」
「もっとじっくりキャンプで、育てられたら良かったんだけど」
「そう言えば、ユニオンの正規のハンターじゃないとか?」
「うん、未公認なのね」
「でも、トキヤが言ってたけど、那岐(なぎ)のユニオン・キャンプにいたんだろ?」
「そーよ。メグミは、トキヤたちのファミリー・ネーム聞いた?」
「いや」
「全員、ナギっていうのよ」
「つまり、那岐のキャンプで育てられたってことか」
「そーいうこと。那岐国のユニオンのキャンプ育ちだからナギ。誰も本当の両親を知らない」
「那岐国か。確か砂海に面した国」
「そう、砂海貿易で結構にぎやかな国だったな」
砂海は文字どおりの砂の海である。
砂といっても本物の砂ではない。
見た目は砂そのものと区別が着かないが、水のように流れ、物は沈む。
海と同じように波打っているから、砂漠とはかなり異質な風景だ。
「砂海の匂いに囲まれて育ったのよ。あの子達」
砂海は独特の匂いがある。
本物の砂の埃っぽい臭いとは違う清々しい風の匂い。
「砂海か。わたしは一度だけ見たことがある。砂上船には乗ったことはないけど」
砂上船は、砂海を渡る専用の船だ。
水に浮かべる普通の船は砂海では浮かない為、極小の飛空石を幾つも埋め込んだ制御盤を設置して、砂海の上を滑るように進む。
主に砂海の対岸にある北の大国との交易に使われる。中には制御盤に大きな飛空石と刻印を用いた巨大な貨物船もある。
ちなみに北の大国の砂上船が地の大陸の港に入るのは希で、同じく北の大国に地の大陸側の砂上船が赴くことも滅多にない。
交易は砂海の中央に位置する砂の民の建国した自由都市国家「紫雲国」で中継されるからだ。
故に砂海の大きな貿易港がある那岐国でも、海の族のトキヤは珍しい存在であった。
「その那岐のキャンプに異変か」
「それが未公認のハンターになった原因でもあるんだけどね」
「何が有ったんだ?」
「伽国の王宮がビィに襲われた日、那岐国のキャンプも禁忌呪法によってこの世から消されたのよ」
「禁忌呪法で消された」
「あの子達とあたしは、キャンプを卒業する為の最終試験で、樹海に潜っていたから難を逃れたけどね」
「トキヤが言ってたのは、そのことだったのか」
「那岐のキャンプ、それに王都にあった支部も全て灰になった」
「わからないのは、どうして未公認になったんだ。最終試験を受けたんだろ」
「ユニオンが、あの子たちの籍を認めてくれないのよ。記録が焼けてしまったから」
「随分と融通が効かないんだな。そんなの試してみればすぐにわかるだろうに」
「臨時に派遣されたユニオンのお偉いさんは『公認が欲しいなら、別のキャンプで修行し直せ』って。まあ、混乱に乗じて偽の申請者も山ほど出たからね。個別に対応すらして貰えなかった」
「それで未公認のまま」
「そう、そのまま突き進んで現在に至るって訳。ハンターとしてそれぞれ補完の出来る集団だったし、何たってこの飛空艇を拾ったのも幸いしたわね。白虎と黒王も付いて来たし」
「えっ、この飛空艇って、拾ったのか?」
「あたしが樹海で見つけたの。スゴイでしょう」
「……凄い」
「えっへん」
ついでに羽根を広げてピカピカさせた。




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Mambo Nekoyanagi