SCENE011



モナモナの要求で出されたフルーツケーキの朝食を残さず食べたメグミは、一人でデッキに出た。
未明の大騒ぎで、ちょっと早い朝食だった上にたっぷりの生クリームとフルーツで少々、胃がもたれている。
「……うち(王宮)の料理より美味しいんだもんな」
食べ過ぎたのは、とりあえずトキヤの料理の腕の所為にしておく。
「綺麗」
朝日を浴びて広がる眼下の風景に思わず声を漏らす。
昨日までの殺伐とした赤茶けた荒れ地とは打って変わった田園の風景。緑が多いが緑魔の樹海ではないビィの存在しない森林が点在する。
地上の人が飛空艇を見上げているのがこちらからもわかる。
「樹海か」
遠くにそれは見える。
樹海が例えモナモナの言ってたようにビィを封じ込める為の刻印であったとしてもメグミは、とうてい好きになれそうにない。
地の大陸の人間なら、誰だってそうだろうとメグミは考える。
樹海とビィは、この上無く恐ろしいものとして同一視されているのだから。
今朝の夢の内容が反すうされる。王宮の大広間に溢れた血と食いちぎられた死体。
「何故、ビィは王宮に現れたんだ?」
本当の自分は、その理由を知っている筈だとメグミは思う。まだ思い出せないが、確かに知っているという確信があった。
瓦礫の中にぽっかりと口を開けた楽園に続く階段。
その先に答えは有る。
「……楽園」
楽園。それは人の為の楽園では無い。
イズマ朝開祖の封じた場所。
その扉、開かれし時……。
「地の大陸は滅ぶ」
記憶は、クロスワードパズルのように取り戻される。重要なキーワードが抜けたまま。
「わたしは何故、ここにいるのだろう」
一年前の記憶とは違った鮮明な映像。それは藍色の瞳。
「トキヤ……」
思わず呟いてしまった名前にハッとして周囲を見回した。
「ほっ」
誰も居ないことを確認して胸を撫で下ろす。頬に火がついたように熱い。
「もう、3回も……」
キスじゃないかも知れないけど、唇を合わせたことに変わりはない。これまでキスなんてしたことなかったのに。そもそも、同い年の男の子と親しく言葉を交わしたことだってほとんどないのだ。
「3回も、どーしたの?」
「えっ」
隣にトキヤがいた。
「いっ、いつからここに?」
「いまだよ」
「コラ、トキヤ!早く来い!」
飛空艇の上で、二本の木刀を持ったヨシアが叫ぶ。メグミからみれば大きな木刀だが、彼のスケールからするとちょうど良い大きさだった。
「わかったよ」
トキヤは、自分の背丈より長い棒を手にしている。
「なにを始めるんだ?」
「腹ごなしの運動」
トキヤは、手にした棒で床を突くと、棒をしならせた反動で、棒高飛びみたいに空中に舞う。勿論、得物は持ったまま。
「危ない!」
メグミには、トキヤの身体が風に流されて後方に飛ばされたよーに見えたが、それも計算に入っていたらしく、彼は滑りながら飛空艇の端ギリギリに着地して、デッキに向かって手を振った。
「心配ご無用だよ」
「……もう……」
メグミは安堵のため息も一緒に漏らす。
「ルールは、何時ものとーり?」
「そう、法術は無しだ」
トキヤは、棒を長く突き出すような形で構え、ヨシアは、両手を広げて大きな身体をさらに誇張するように構える。
「来い!」
ヨシアが叫ぶ。彼のニ刀流は、同じ長さの太刀を使用する。
「おう!」
トキヤが応え、ダッシュして、そのままヨシアの胸に突く。
「やっ!」
ガツッ!
ヨシアが、トキヤの棒を右手の木刀の先端で受ける。その衝撃を手の中で滑らせたトキヤは、棒をそのままにして少し前に出た。
「はっ!」
ヨシアの左手の木刀が、間合いに入ったトキヤに襲いかかる。
トキヤは見切ったかのようにギリギリで避け、棒を巻き込むように身体を回転させた。
滑らせて持つ位置を変えているので、棒の間合いは大きく広がる。
ガツッ!
ヨシアの左手の木刀の根元を棒でヒットさせ、その流れのまま後ろに跳ぶ。
ブン!
トキヤの前髪をかすめるヨシアの右手の木刀。
二本の木刀は、まるで2人の人間が操っているように別々の動きをする。
「やっぱり接近戦は、ヨシアに適わないや」
トキヤは、大きく間合いを取って、肩に棒を担いだ。
「俺様は無敵だからな」
ヨシアも2本の木刀の先端を地に着ける。
「誰も法術を使わなければでしょう?」
「わっはっはっ!」
笑って胡麻化す。
「もう少しやろーか?」
トキヤは棒を立てると、その先端に飛び乗った。こちらは、棒術というより曲芸の世界である。
「どーんと来い!」
「今度は、ヨシアから来なよ」
「いいだろう」
ツカツカと歩み寄ると棒をなぎ払った。上段から斜めに、へし折るように木刀を振ったのに、グンニャリした手応えで、その場で縦回転する。
そして、少し離れた場所に着地したトキヤに向かって跳ねた。まるで見えない糸が付いてるみたいに彼の手へと収まる。
「お前、ホントに法術使ってないか?」
「使ってないよ」
「ホントかよ」
いま一つ信じられないらしい。
「ほら、早く来なよ」
またトキヤは、棒の先端に乗っている。と言うより、反動を付けながら、その上で跳ねていた。
「ケガするなよ」
ヨシアは、ニ刀を同時に振るう。両側から挟み込むようにして棒を叩いた。
ガツッ。
棒が静止した。しかし、手応えが軽い。
トン。
トキヤがヨシアの肩に着地した。
「なっ」
ヨシアが動く前に、棒を引抜いてバクテン。後方から彼の首筋へ突きいれた。
ガチッ!。
ヨシアも負けずにトキヤの動きを読んで、後ろ手に出した左の木刀でガード。
「へへっ」
同時に右の木刀で身体をひねって攻撃する。
ブンッ!
木刀は空を切る。
トキヤの姿がヨシアの視野から消えていた。
ヨシアは、ゆっくりと頭上に木刀を掲げる。
ガツッ!
空から棒を突き出したトキヤが降って来る。
木刀の先端で棒を止めた。
棒は止まったが、トキヤが、そのまま滑り落ちて来て、
ゴチッ!
2人は脳天を打ち付けて、その場にパタリと倒れた。

「大丈夫か?」
トキヤが目を開けると、心配そうに覗き込むメグミの顔があった。2人が倒れたのを見て、慌ててよじ登って来たのだ。
「痛ーっ、こんなところに登って来たら危ないよ」
「わたしの心配はいい、血が出てるぞ」
額に手をやるとヌルリとした感触。
「ありゃ、流血」
「動かない方がいい」
「うん、でも心配ないよ。もう治した」
掌を当てただけで額の血は綺麗に消えてしまっていた。
「それより、ヨシアは」
一緒に倒れた筈のヨシアの姿は無かった。
「トキヤを頼むと言って、中に戻った」
「もう、ヨシアの石頭は凶器だ」
「ホントに大丈夫か?」
「治癒の法術ぐらいは使えるからね」
身体を起こして微笑む。
「それを聞いて安心した」
「またメグミに助けられたね」
「そんな、たいしたことしてない」
「こんな所まで、登って来てくれた……そうだ」
ヒョイと立ち上がって、メグミの手を握った。
「えっ」
びっくりしてトキヤの顔を見る。
「お礼に空の飛び方を教えてあげる」
「空、飛び方?」
「そう、空だよ、さあ」
メグミの手を引いた。
「きゃっ!」
僅か数歩で、足の下の感覚が無くなった。
メグミは悲鳴を挙げて、トキヤにしがみついて目をギュっと閉じる。
「怖くはないよ、飛行中の飛空艇の上は、刻印の影響で簡単に飛べるんだ。浮いてるといった方が正解だけどね」
トキヤの説明に恐る恐る閉じていた目を開ける。
「ホントに……」
メグミは、空の中にいる自分を確かめるように周囲を見回した。
「……飛んでいるのか」
手をつないだ2人は、グングンと上昇して飛空艇が小さくなる。上空は夜の色に近くなり、はるか地上は丸みを帯びた地平線。
「一人で、飛んでみる?」
「それは、遠慮しておく」
首を横に振って、ギュッとトキヤの腕に抱き付く。
「飛空艇の結界の外には出ないから大丈夫だよ」
「そーは、言っても」
上昇するのは飛空機の操縦で慣れてはいたが、身体だけというのは、勝手が全然違っている。
「心配ないって、身体を楽にして、後はここで考える」
頭を指差して。
「空を飛びたいってね」
「それは、法術師だから出来ることだろ」
「でも、印は使ってないよ。メグミだって立派な刻印師なんだから直に出来るよーになるよ」
「そーかな」
でも、怖さが消えると、最高に気分がいいことに気が付いた。
それに間近のトキヤの存在。
変に意識してまう。
メグミは胸の高鳴りを彼に悟られないように抱き付いていた腕から身体を少しだけ離した。
「どーしたの」
「い、いや、風、無いんだな」
ドギマギしながら話しを逸らす。
「結界の所為だよ。飛行速度の風にあおられたら、息をするのも大変だからね」
「それもそうだな」
風は、僅かに髪を揺らすぐらい。
でも、すぐ隣をちぎれ雲が素早く流れて行く。
飛空機の結界を消してこの速度を出したら、たちまち息なんか出来なくなってしまうだろう。
「もう少し上に行ってみよーか」
「……そうだな」
トキヤは、もじもじしながらうなずいたメグミの手を引いてさらに急上昇した。

ちょっとした空の散歩を終えて、2人はデッキへと降り立った。
「あっ」
フラついて、トキヤに抱き付く格好になるメグミ。
「……済まない」
「酔ったかな」
彼女を抱き留める。
「後半の曲芸飛行が、ちょっと。自分で操縦するときは、なんとも無いんだが」
「でも、最後には一人で飛べたんだし、才能は有るよ」
「そーかな」
口を押さえて気分の悪そうなメグミ。酔ったというより、目が回っている感じ。
「どれ、ちょっとこっちを向いて」
メグミの顔を上げさせると、トキヤは自分の額と彼女の額を熱を計る時のよーに、くっつけた。
「……」
メグミは、ビックリ目になってから、上目使いに自分の額を見る。
「あれ、まだ顔が赤いな」
接触させた額越しに飛行酔いを治療する法術を掛けて、額を離してメグミの顔を見た。
「まだ、気分が悪い?」
「いや……」
そー答えるのがやっとだった。
身体を密着させているので、今度こそ胸の高鳴る鼓動がトキヤに伝わってしまいそうで、余計に顔が熱くなってしまう。
それでいて力が入らないから、抱き付いたままの姿勢から抜け出せない。
「でも、熱があるみたいだよ。ごめん、まだ本調子じゃないのに無理させちゃったかな」
「いや、身体はもうなんともない」
「それならいいけど」
「ただ、飛ぶことになれてないだけだ」
メグミは、自分を見つめる藍色の瞳を見つめていた。2人の鼻先が、くっ着きそーなほど接近している。
「お茶の時間だよ」
2人の間にモナモナが挟まった。
「えっ」
「あれ、もうそんな時間だった?」
メグミとトキヤは、それぞれ後ろに飛び退いて照れ笑いを浮かべた。
「やっぱり……」
その様子を扉の隙間から伺う2組みの目。
「モナモナがいちばん、ヤキモチ焼きよね」
「言えてる」
ミナミとカレンはうなずきあった。

飛空艇の食堂兼会議室。または厨房脇のテーブルと椅子のある場所。そこに全員が座って午前のお茶が始まっていた。
「ねえトキヤ、この甘くて美味しい飲み物なんだけど、これいったい何なの?」
「……カレン、やっぱり知らないんだ」
額を押さえるトキヤ。
「何よ、その『やっぱり』ってのは」
「これが、ホット・チョコだよ、カレン」
「えっ」
その場で固まるカレン。さすがに石にはならなかったけれど。
「ビンゴから通信が入ってたわよ」
ミナミが話題を変えた。とりあえず、固まったカレンのことは放っておくらしい。
「もう新しい仕事の話か?」
ヨシアは、焼き立てのクッキーをバリバリ食べてる。
「違うんじゃない、明日、昏也(こんや)の自由市で会いたいんだって」
自由市は、主に武装商人が中心となって開かれているマーケット。
昏也の自由市は、昏国と也国の国境の礫砂漠の中心に位置しているのでこの名がある。
自由市は特定の国家への帰属を嫌う為、僻地にあるものが多く、昏也の自由市もその例に漏れない。
「食料品の補給もしなくちゃならないから丁度いいんじゃない」
トキヤは、オーブンからまた焼き立てのクッキーを運んで来る。
「一週間で伽国に到着する予定なんだろう。遅れないか?」
早速、手を伸ばすヨシア。
「問題無いわ。ビィのウロコの精製油で循環液の濃度を上げてるでしょう。その効果だと思うけど、船足がかなり速くなってるのよ」
ミナミも手を伸ばす。
「やっぱり効果があるか」
トキヤは立ったまま、ホット・チョコをすする。
「まだ、濃度70%ぐらいだぞ」
ヨシアが一応の管理責任者。実質的には、トキヤが監視してるんだけど。
「100%が楽しみね」
ミナミも口一杯に詰め込んでニンマリ。
「そうだジャムも明日、引き渡そうかな。モナモナ、午後になったら仕上げ……」
モナモナは、カリカリと一心不乱にクッキーをかじっていて何も耳に入らない様子。
「わたしも手伝うよ」
メグミが手を挙げた。みんなの食べっぷりにやや気圧されていたけど。

「そんじゃまず、こいつから」
ミナミが通路脇の小さな刻印を指差した。一部が欠損している上に、かなり薄くなっている。
「永久刻印だな。間違いない」
メグミは、虫眼鏡を近付けて観察した。
「効能は?」
カレンは、その後ろから覗き込む。
「空間拡張だと思う」
「じゃあ、早速修理に取り掛かろう」
「あたし達は、どーすればいいの?」
「ミナミとカレンは、復元の法術を掛けて貰いたい。元の刻印の様子が浮き上がったら、わたしがそれを打ち直す」
「なーんだ、簡単じゃない」
「刻印師がいればこそね」
「まったくだ」
3人は、お茶の時間の後に飛空艇内の刻印の修理に取り掛かっていた。
「よし、やるぞ」
「いいよ」
ミナミとカレンの法術で、消えてしまった部分が復元され、薄れていた刻印の魔法陣がくっきりと浮かび上がった。
「うん、いいぞ」
メグミが掌をかざして最後の仕上げ。復元された刻印を打ち直す。
「おっ」
「さすが」
「打ち直すこと自体は、それほど大変なことじゃないからな」
光を帯びた刻印の光が消えると真新しい永久刻印が現れた。
「通路が、少し大きくなったよーな気がするね」
「言われてみれば」
ミナミとカレンは、キョロキョロと周囲を見回す。
「これだけじゃ、そんなに大きくはならないよ。残りも修理しないと」
メグミは、通路の装飾のよーに並ぶ壊れた永久刻印の列を眺めた。
「しかし、まあよくこれだけの刻印を刻んだものだ」
「この飛空艇の前の持ち主あたりが、刻印を打つのが趣味だったんじゃないの」
「まさかね」
「でも、そんな感じの刻印の使い方だ。わざわざ小さな永久刻印を連続化させている」
「それって、なにかいいことあるの?」
「わたしに聞かれても困る。永久刻印に触れるのは、ほとんど初めてなんだから。ただ教科書には無い使い方だ」
「実は、ただの装飾だったりして」
「有りそうで怖いよ」
「それは無いと思う。伽国の王宮にあった法術書にも、この様式は統一帝国時代中期のものとして掲載されている。まず間違いなく永久刻印だ」
「メグミがそう言うなら間違いわね。後は残りを修理してみれば効能もわかるでしょうし」
「だけど、うんざりするほど多いよね」
「言えてるな」
刻印らしきものは、通路の突き当りまで一直線では無い列を作っている。
「もしかして、通路だけ長くなるなんてことは無いよね」
「わたしに聞かれても、やってみないことにはわからないな。しかし、通路だけ拡張しても意味は無いと思うが」
「昔の人の考えてることなんてわからないわよ」
「とにかく、お喋りしてても始まらない。やるだけやってみよう!」
「おー!」
3人は、とりあえず元気であった。




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