SCENE012



薄暗くて寒い場所にいた。
それに生臭い、これはそう……血の臭い。
立ち止まった瞬間、頭の中が真っ白になった。
何もかも忘れてしまったかのような錯覚を振り払う。
『ここは……』
狭い洞窟のような場所。
石の螺旋階段の途中。
蒼光花(そうこうか)の油が何処からか漏れ出したのだろう。
か細い光の筋がまるで、この先を道案内するかのように螺旋階段を流れていた。
『蒼光花の光は、月の光に似て、魔の好む光なり……か』
蒼光花、それは光を取る為の植物。抽出した油は淡く青い光を放つ。
『青い光、光る眼、血塗られた場所』
脳裏に次々と連想された映像が映し出される。
そして最後に現れる青白い肌の全裸の美少女達。
『ビィ』
壁に手をやって、また階段を降り始める。掌に刻んだ刻印がズキズキと痛むが、代わりに思考の白い霧が晴れ出した。
『もう、立ち止まらない』
隙間だらけの壁。慌てて積み上げたような積石は実際に出来たばかりなのだ。
石の表面に、掌から流れる血を道標に残してゆく。
『楽園に着くまでは』
記憶を遮る霧が晴れても、楽園への道を開く眠り刻印を発動させたついさっきの出来事が、遠い昔のようにリアリティーを失っていた。
『そう、楽園だ』
楽園は王宮の地下深くにある。
統一帝国と共に滅んだ力が僅かに息づいている場所。
イズマ家が守り鎮め封印した場所。
触れてはならない呪われた場所。
『そして、アレが眠る場所』
アレは、統一帝国の負の遺産。
創造者が死した後も生き続けている。
『千年の眠りから覚めたのか?』
いや、もう目覚めている。
それどころか、2千年前の姿を取り戻そうとしているのだ。
千年前イズマの初代は、アレの復活を阻止し再度の封印に成功した。
以来、代々の子孫が守り続けている。
『しかし、刻印は破られた……』
破滅を求める者の仕業か。
この始末、果たして自分に付けられるのか疑問だが、いまは階段を進む以外の選択肢は無い。
『禁忌呪法を使った術師、伽国に仇なした罪、その血で償って貰うぞ』
固めた拳で壁を叩くと、石に刻印が刻まれ一気に広がった。
法術の魂の無い滅魔の刻印は、それでも光り続ける。
刻印に飾られた階段は、まだ終わらず、螺旋を回る度に血の臭いは濃くなった。

メグミは目を覚ます。
頬を撫でる暖かな風が心地いい。
お茶の後、お昼まで通路の刻印の修理をして、午後からは、トキヤのジャム作りの手伝いをちょっとした。
それから、デッキに出て壁にもたれて座っていたら、何時の間にか眠ってしまったらしい。
刻印をどっさりと打ったのと、昼食の煮込みうどんが美味し過ぎたのがいけない。
「ホントにトキヤの奴、ただ者じゃないな。ハンターよりコックの方が儲かるんじゃないのか」
お腹の辺りに手をやる。
このままトキヤのご飯を食べ続けたら、伽国に到着するころには……怖いことを考えるメグミ。
「とにかく、夕食からは、伽国の王女らしくガツガツ食べたりしてはいけない」
自分に宣言するメグミ。上品に沢山食べるのはいいらしい。
「朝より雲が増えたかな」
また壁にもたれて、流れ行く雲を見る。
どれも白い雲ばかりだから、天気が崩れることはないだろう。
「お前も見るか」
妖精の卵を胸元から引っ張り出した。太陽の光を受けて輝く。
「お前も早く生れて、こんな空を飛び回れたらいいのにな」
メグミは、宝石の中に眠る妖精を見ながら夢の内容を考えていた。
記憶は少しづつ確実に戻りつつある。
伽国のこと、
王宮のこと、
父のこと、
王女としての自分。
それにあの夜のこともおぼろげに。
まだ思い出せないのは、階段の先、そして『アレ』のこと。
「『アレ』って、いったいなんなんだ?」
いいものでないのはわかる。
王宮に現れたビィと沢山の死体。
既に1年前に終わってしまったことなのだ。
「もうわたしには、どうすることも出来ない」
ビィを狩る術もなければ、死者を復活させることも出来ない。
伽国の王女の出来ることと言ったら、せいぜい半人前の刻印師としての仕事ぐらいだ。
「……わたしが国に戻る意味があるのだろうか?」
イズマの義務は果たせなかった。
多分そうなのだ。
その結果として、はるか蹄国の樹海でビィに飲み込まれてしまった。
アレは完全に復活したのだろうか。
「1年か……時が経ち過ぎた」
帰るべき場所もない。
守るべき人は失ってしまった。
もはや義務を果たすことも叶わない。
その機会は、とうに失われている。
「いっそのこと、ずっとこのままでいられたなら……いいのにな」
妖精の卵を胸元に仕舞って膝を抱える。
思い浮かぶのは『もし、自分が王女じゃなかったら?』という以前、よく自分にしていた質問。
その答えはいつも決まっていて『きっと、武装商人になる』だった。
百歩譲っても、そのクルー。
飛空船に乗って世界を旅する武装商人。嵐を乗り越え、空賊どもと戦って航路を進む。なんてワクワクする素敵な生活だろう。
そんな武装商人になった自分を想像するのが、誰にも打ち明けたことのないメグミだけのささやかな楽しみだった。
「まさかこんな形で実現しよーとは(ビィハンターと武装商人の違いはあるけど)思ってもみなかった」
自然と口元がゆるんでしまう。
本当にずっとこのままでいられたなら……。
「でも」
父も重臣達も死んでしまったのだろう。
ビィの出現した王宮は崩れ落ちた。
「わたしが生きている限り、イズマ家の義務もまた」
例えそれが意味の無い死で幕を降ろしたとしても。
「お茶の時間だよ」
「わっ!」
「そんなに驚かなくてもいいじゃない」
「モナモナか、だって急に出て来るから」
「メグミがボーっとしてるからよ」
「考えごとをしてただけだ」
「そんなことは後回しにして、お茶」
「えっ、午前中に飲んだじゃないか」
「伽国じゃ3時のお茶しないの?」
「そーじゃなくて、1日1回なの」
「うちは、午前と午後の合計2回。しかも美味しいオヤツ付き」
「えっ、まだ食べるの?」
「あたりまえじゃない。お茶だけすすってなにが楽しいの」
「メインはお茶だと思うが」
「それは伽国の流儀でしょう。郷に入ったら郷に従え。午後のオヤツは、ビィのサクランボなのよ」
「ビィのサクランボ?」
「そう、樹海で採れる果物なんだけどね。サクランボって言っても、リンゴぐらいの大きさがあるの」
「へえ」
「お酒に漬け込んだビィのサクランボに生クリームをたっぷり詰め込んで、冷たく冷やして……ああ、思い出しただけでヨダレが垂れる。だから早く来るの」
「あっ、ちょっと待ってわたしはパスだ」
「どーして?」
「だって、そんなに食べられない」
「まだ、お腹いっぱいなの?」
「食べ過ぎは良くない」
「なんなら、あたしが法術でパーっと消化させてあげようか」
「いや、そーすると……太るだろ」
「伽国の王女は太っちゃいけないの?」
「そんなことはないけど」
「じゃあ、誰かに裸でも見せる都合でもあるの?」
「えっ」
「メグミって結構ススんでるのね」
「違う!そんなことはしないぞ」
「だったら、問題ないじゃない」
「でも」
モナモナは、メグミのオーバーオールを掴むと光羽根をバタバタさせて有無を言わせず引っ張って行った。

「なんかヨレヨレだね、メグミ」
テーブルに皿を並べながらトキヤ。
「ちょっと……ね」
結局、食堂までモナモナにブラ下げられたまま来たメグミ。
「おかわり」
ヨシアが皿を突き出す。
「先に食べないでよ。お行儀が悪いわね」
「そーそー」
そー言うミナミとカレンのサクランボも半分無くなっていた。
「これが、サクランボ?」
メグミが自分の前に置かれた果物の生クリーム詰めをまじまじと眺めた。見た目は、確かにサクランボだけど……。
「実際、何なのかはわからないよ、ボクたちが勝手に『ビィのサクランボ』って呼んでるだけだから」
「味もサクランボに似てるかな。だけど、伽国では見たことがない」
一口食べてみてわかったのは、やはりトキヤがタダモノじゃないということ。これは下手をすると一週間を待つことなくデブデブになってしまうかも……。
「どーしたのスプーンを持ったまま凍り付いて」
トキヤが2口目をすくって止まっているメグミの顔を覗き込んだ。
「えっ、なんでもない」
慌ててクリームたっぷりの果実を口に放り込むと手をバタバタと振る。
「心配なのよ、メグミは。トキヤ、あたしにもおかわりちょうだい」
モナモナは、口の周りのクリームをペロンとひと拭き。
「そりゃ心配だよね、伽国のこと」
「うん、居ても立ってもいられないよね」
ミナミとカレンは、2人でうなずく。
「いや、それは……」
メグミは恥ずかしそうに照れ笑い。まさか体重を気にしていたとは言えない。
「まあ、ここで心配しても始まらないわ。それよりもこれからの苦難に備えてバリバリ食って体力を着ける。だからトキヤ、大きいやつを頼むわ」
「そのとーり!おかわり!」
ヨシアも皿を突き出す。
「はいはい」
トキヤは、あきれ顔で2つの皿を受け取った。
「メグミの記憶、順調に戻ってるみたいで良かった」
ミナミがスプーンをくわえて。
「そうか?」
メグミもスプーンをくわえている。
「だって、このビィのサクランボ『伽国じゃ見たことない』って言ったじゃない。つまり日常の記憶が戻ってるってこと」
「そーなのメグミ?」
カレンも同じポーズ。
「そーだな。まだ、記憶が混乱しているのは、あのビィの現れた夜のことぐらいだ。その他はほぼ戻ったな」
「なにか新しいこと思い出した?」
「駄目だよトキヤ、急かすよーなことを言っては」
カレンが注意する。
「ゴメン、まだ頭痛がするの?」
「いや、いいんだトキヤ、もう頭痛はない。それに聞いて貰いたいことがある」
「えっ、なに」
「昔話だよ。伽国のね。思い出したんだ」
メグミは、オーバーオールの上から妖精の卵を握った。




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Mambo Nekoyanagi