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SCENE013 「千年前……」 メグミは、千年前の物語を語り始める。 取り戻したばかりの彼女の記憶をおさらいする意味も含んでいた。 カズ・イズマという名の青年がいた。 地の大陸のほぼ中央に位置する津国の生れで、代々刻印師という家系であった。 そのイズマという姓からわかるとおり、メグミ・イズマの祖先である。 彼の父親は、津国でも有名な刻印師で、大きな工房と数多くの弟子をかかえ、遠い他国からの注文も受けていたという。 カズ・イズマも歳若くして、高名な刻印師の一人として数えられていたが、気まぐれな性格が災いして、父親からはいつまで経っても半人前扱いであった。 しかし、いったん仕事に掛ればその仕上がりは完璧で、良くこう言っては高笑いをしていた。 「俺の刻印をそこいらの刻印と一緒にしてもらっては困る。俺の刻印は、千年は持つ代物なんだぜ」 その言葉どおり、カズ・イズマの刻印は、永久刻印並みに堅牢に機能した。 さらに彼が最も得意としたのは永久刻印の書き換えである。 これは既存の永久刻印の機能に新しい機能を付加するという高度な技で、地の大陸においても当時それをこなせたのはわずか数名であっただろう。 「ふーん、そのカズ・イズマっていう人、メグミのご先祖様にしては、ちょっとイメージが違うね」 モナモナが、メグミの物語の途中で口を挟んだ。 「……千年も前の人だからな、でも、似てるところはあると思う。わたしも気まぐれなところがあるらしいから」 メグミの脳裏に、彼女が小さかった頃に聞かされた乳母のお小言が蘇る。 『姫様は、ホントに気まぐれでいらっしゃる』 その乳母も、もういないのだろう。 「やっぱり、わたしの先祖なのだな」 寂しげな笑みを浮かべる。 「でもさ、永久刻印の書き換えとは、凄い技を持ってるよね。いったい、どーやるんだろう」 トキヤは、興味津々。 「メグミは、出来ないの?」 「……出来ないと思う。永久刻印を打ち直したのだって、今日が初めてだし」 「確かに永久刻印なんて、そうゴロゴロしている代物じゃないもんね」 「ああ、そう残ってはいないだろう」 「コラ、ヨシア寝るな」 「んっ、いや、ちょっと待ってくれ、いま終わるところだ」 ピクッと顔を上げ、目を開けてキョロキョロすると、また眠ってしまう。 「何が終わるんだ」 「夢の中で何かやってるんでしょう」 「起きてる時は、何もしないのにね」 「ウルサイからそのままにしといたら」 「それもそうか」 散々な言われようだが、ヨシアは意にも介さなず船を漕ぐ。 「とりあえず、先を続けて」 「……うん」 ある夜、彼は夢を見た。 これまで見たことのもない美しい少女だった。 カズの前に跪いて祈る。 『カズ・イズマ殿、東の果ての古城に来られよ。地の族の命運、そなたに託す』 「東の果て?」 彼女は、うなずくと漆黒の闇に消えた。 「……おい……」 飛び起きた彼は、しばし茫然としていた。 「東の果てだな」 カズは、すぐに旅の用意を始めた。 「カズ様、どうなされました」 父親の工房の弟子たちが何事か起き出して来た。 「俺は、ちょいと東の果てとやらに行って来る、親父にそう言っていてくれ」 カズの気まぐれな性格をよく知っている弟子達も、夢のお告げに従おうとする彼を、さすがに慌てて止めようとした。 「お待ち下さいカズ様、なにを仰っているのですか、どうぞお考え直し下さいませ」 「ウルセエ!あれはただの夢じゃねえ、あの女は本物だ。確かに俺を待っている」 カズは、全く聞く耳を持たなかった。 「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄行きだぞ!」 烈風の刻印を派手にブチかまして、工房と弟子達とついでに眠っていた父親も吹き飛ばし、夜明け前に旅立ってしまった。 女に弱い……それが、カズ・イズマの最大の弱点である。 1ヶ月後、長い旅を終えたカズ・イズマは東の果て、海を背にして建つ古城を見上げていた。 城に至る道は、あてずっぽうながら昔から知っていたように思えた。 理由はわからないが……。 「辺鄙な場所だな」 樹海と見紛うばかりの深い森に覆われた半島の高台。人の気配は全く無い。 「……んっ」 法術の臭いを敏感に嗅ぎ取った。 それは、薮を少し分け入ったところから感じる。 「ほう、こいつか」 大きな切り株に刻まれた真新しい刻印。 人避けの法術が打ち込まれている。 普通の人間ならそこに城が有ることすら気付かないだろう。 「俺には効かないようだな」 刻印には、特定の刻印師を除外するようにプログラムされている。つまりカズは除外の対象であった。 「なかなかの刻印を打てるようだが、それでも俺様に用があるってことか」 カズは城に向かった。 城に通じる道は、かつては広く石畳が敷き詰められていたのだろう。いまは見る影も無く土が積もり樹木に覆われていた。 城壁の門は、開かれたまま彼を迎え入れる。 それは森の中にぽっかりと異空間が口を開けているようだった。 「ほお、見事なもんだ」 木々を伐採すれば、飛空船でさえ出入り可能な大きさの門から続くトンネルのような通路。その壁面に刻印が刻まれていた。 「眠り刻印か。しかも随分と物騒な内容だな」 それは侵入者を焼き殺す法術が納められていた。これを破るには、腕のいい法術師と刻印師を1ダースほど用意しなくてはならないだろう。 「まっ、俺様なら独りで十分だがな」 無論、その言葉に嘘はない。 門を抜けると完全な別世界であった。 中庭は、手入れの行き届いた花畑のようだった。 この庭園を守るのも人ではない。 「これも刻印か」 花壇にもそれぞれ刻印が施されている。 花を咲かせた状態で時間を止めているのだ。 「綺麗な花だな。見たことはないが」 赤い花。 血のように赤い。 「千年草です。千年に一度、僅かな時間しか花を開きません」 目の前に夢の中で会った女がいた。 白いドレスに身を包んだ髪の長い少女。 地の族より、砂の民に近い。 そして何より美しかった。 「時間を止めれば、一瞬も永遠か」 「お待ちしていました。カズ・イズマ殿」 「美人の誘いを断るほど、野暮じゃないぜ」 「こちらへ、父が待っております」 「なんだ、用事があるのは、あんたのオヤジさんか」 「さあ、こちらへ」 「ところで、あんた名前は?」 「申し遅れました」 軽口は無視したが、今度は立ち止まって振り返った。 「メグミと申します」 そう言った。 「そこって、もしかしていまの伽国なんじゃない?」 「そうだ。伽国の王宮は、建国よりもはるか以前に建てられたものだ」 「ふーん、そこにイズマ家が王となる秘密が隠されているんだ」 「秘密……そう、秘密なんだろうな」 玉座と思わしき大きな椅子に痩せた老人がもたれている。 かなりの歳らしく、まるでミイラだ。 夢にこの爺さんが出て来たら、そのまま寝直して朝にはすっかり忘れただろうとカズは思った。 「待っておりましたぞ、カズ・イズマ殿」 「面白い仕事なんだろうな」 「それは保証しよう。そなたがしくじれば、この地の大陸に住む人間は全て滅びるであろう」 「そいつはスケールがでかくて面白そうだ。後は報酬しだいで引き受けてやってもいいぜ」 「ふふ、この城とワシの娘をやろう。ただ、この地に留まるという条件付きだがな」 老人は目を細めると掠れた声で笑った。 「ふむ、娘というと」 「わたしです」 さっき玉座まで案内してくれたメグミが老人の隣に立った。 「いいだろう。引き受けた」 カズは、考える間も置かず即答した。 「ところで、どうしてメグミが出て来てるの?まさか、今年で1014歳だとか」 「それは、モナモナでしょう」 「失礼ね、あたしは、そんな歳じゃないわよ、多分」 「メグミという名前、イズマ家の係累に多いんだ。系図にも50人は出てくる」 「凄いね」 「それだけインパクトのあった美人てことなんでしょう。それに法術を使う」 「刻印は?」 「打てる。城の周りの刻印も、その最初のメグミが打ったらしいから」 「法術と刻印の両方を使いこなす人って、なかなかいないのにね」 「精霊法術師並みだよね」 「それだけ資質が並外れてるんじゃない。それとも血かな」 「血?」 「統一帝国の純粋な生き残りってこと、メグミの容姿からするとそれも考えられるわ」 「それって、2千年前の大崩壊の影響を受けなかったってこと」 「そうなるわね」 「あの大崩壊の影響で、人は地の族、海の族、砂の民にわかれたんでしょう?」 「通説ではね」 「でも、大崩壊はカズ・イズマの時代からだって千年も前の話よ」 「そーよね、偶然に影響を受けなかったにしろ、千年後も統一帝国時代そのままなんて有り得ないわ」 「混血しないだけの数が揃っていたよーには思えないんだけど。なんかミイラみたいな親父が出て来ただけだし」 「先祖返りとか」 「可能性は低いわ」 「統一帝国時代の生き残りか。確かに有り得る話だな」 「そーなのメグミ」 「なんたって……」 メグミの閉ざされた最後の記憶が扉を開こうとしていた。 カズは、メグミの後に付いて長い階段を降りる。 「随分と寒いんだな」 息が白くなる。 「そこ、常氷の楽園。人も時間も止まる場所なり」 「なんだいそりゃ」 「古い言い伝えです」 「それと、この寒さが関係あるのか?」 「ええ」 「いま言った『常氷の楽園』とやらが、この下にあるのか?」 「そのとおりです」 「楽園ね。そんなにいいところなのか?」 「人の住む、いえ人の生きられる場所ではありません」 「おい、じゃあ俺は、そんなところに入って仕事をするのか?」 「いえ、カズ殿には、扉の前に立ってもらえばいいのです」 「ふむ、ところでその『カズ殿』ってのは止めてくれないか。こそばゆくっていけねえ。カズでいいよ。俺もあんたのことメグミって呼ぶからさ」 「はい」 メグミは、初めて笑みを見せた。 「常氷の楽園ですって!」 モナモナがすっとんきょうな声を挙げた。 「なにそれ?」 トキヤは首をかわいく傾げた。カレンは何故か赤くなる。 「ちょっとメグミ、なんでそんなものが有るのよ!」 「待ってくれ、わたしが知るわけ無いだろう」 メグミは肩をすくめて見せる。 「……それもそうか」 モナモナは、ペタンとテーブルに座った。 「なんなのよモナモナ、一人で納得しないで教えてよ」 焦れたミナミは、バンバンとテーブルを叩いた。 「常氷の楽園というのは、大きな冷蔵庫みたいなものね」 「冷蔵庫?」 「統一帝国時代のテクノロジーよ」 長い階段を降りて2人は、大きな鉄の扉の前にたどり着いた。 「永久刻印か、しかも複合型」 扉には、永久刻印がぎっしりと刻み込まれていた。殴り書きのように見えるが、幾つもの刻印が連携して効果している。 「見事なもんだが……」 刻印を指でなぞる。 「熱を持ってるな。誰かが書き直そうとしてやがる」 「ええ、このままでは刻印は破られてしまいます」 「何処からだ」 刻印に手を置いたまま、キョロキョロする。まるで術者からの力の流れが見えているみたいに。 「外からじゃないな」 「わかりますか」 「このぐらいわからないようでは、刻印師としては3流だぜ」 「楽園の主が自ら千年の封印を破り、復活しようとしているのです」 「つまり人間じゃないってことか」 「……はい」 「だろうな、こんなえげつない封印を破ろうっていうんだから」 「なんとしても復活は妨げなければなりません、でなければ……」 思い詰めた瞳ででカズを見詰める。 「……人が滅ぶか。いったいどんな化け物が封じ込められているんだ」 「知りたいですか?」 後ろからの声に、カズはビクッとして振り返った。 「誰だ」 蒼光花の明かりでは、その足元しか見えない。 「拙僧も、この封印を守る一人。ナガネコと申します」 声の主は一歩前に出た。 黒衣をまとった七神教会の若い僧侶。 目を線のようにしてニコニコしている。 「おいおい、七神教会も絡んでるのかよ」 「そーいうことになりますね。カズ・イズマ殿」 「俺のことも先刻ご承知のようだな」 「勿論、メグミ殿にカズ・イズマ殿をご推薦申し上げたのは、なにを隠そう拙僧でありますから」 「そりゃどーも」 「さて、どうですかな。再度の封印は可能でありましょうか」 「無理ではないな」 「ありがたい。では、早速お願いいたします」 「そう急っつくなって、無理ではないが、直には出来ない」 「準備が必要なのですか」 「ああそうだ、こいつは中から刻印を破りにかかってるだろ、つまり封印自体が元々、不完全だったんだよ」 「しかし、千年も前のものですから」 「千年ぐらいで、ほころびる刻印は、永久刻印とは言わねえよ」 「こいつを見ると、しっかりと中のモノを見定めて打ったわけではないようだ。なにかこう、慌てて封じ込んだように見える」 「ご明察。こいつを封じ込められたのは、偶然の産物です。その後に幾つもの補強を入れてこの形になってる」 「なるほど、時間のずれがあるのか。どおりで綺麗にはまり込んでるわけだ」 「カズならば、完全な封印が可能なのですね」 「まあ俺の力を持ってすれば、不可能ではないが、この先で寝ぼけてるモノが何なのかわからなければ無理だぜ」 「……ビィの子宮です」 「何だそりゃ?」 カズ・イズマは首をひねった。 「ビィの子宮!」 モナモナが、またまたすっとんきょうな声を挙げた。 「なに!ビィ!」 寝ぼけたヨシアが飛び起きて、辺りをキョロキョロする。 「なんだ飛空艇の中じゃんか」 「あたりまえだろ」 「静かに寝ててよね」 「だって、ビィだって」 「ビィじゃなくて、ビィの子宮だよ」 「何だそりゃ?」 ヨシアは、千年前のカズ・イズマと同じように首をひねった。 「トキヤは、知ってるの?」 「ヨシアと同じだよ」 「ふーん、あたしもカレンも知らないけど、それが何なの?」 「先を聞けばわかるわよ。ねっ、メグミ」 「そうだ」 メグミは、話を続ける。 「ビィの子宮、文字どおりビィを産み出すものです」 うつむいたままメグミが答えた。 「なんだって」 カズは、メグミの顔を見つめた。 「地の大陸でも、残っているのは、この一基だけだと思いますがね」 ナガネコは、相変わらず開いてるんだか閉じているんだかわからないような目でニコニコしている。 「そんな物騒なモノが、あちこちに有ってたまるか」 「統一帝国時代に造られたビィの子宮は、全部で3基。全ては大崩壊の前に壊された筈なのですが」 「何故かここに一基残ってるってわけか」 「こいつは、最後に建造されていた4基目でね、完成前に大崩壊が起きた」 「じゃあ誰が完成させたんだ」 「未完成のまま放棄された……これは、自ら成長したのです」 「そういうこと。こいつは創造者の予想以上の性能だったわけですね」 「気付いた時には、ビィを産み出していたのです。大崩壊を生き残った僅かな術者が、やっとこの地に追い詰め封印し、この城を造った」 「ふむ、統一帝国滅亡後の永久刻印か。もしかするとこの世で一番新しい永久刻印なのかもしれないな」 「そうとも言えますね」 「封印するより、壊した方が早くないか」 「無理な相談ですな」 「ええ」 「七神教会の力を持ってしても無理なのか?」 「七神教会は辛うじて大崩壊を生き残ったが、その法術テクノロジーをほとんど失ってしまった。いまでは、永久刻印一つ造り出すことが出来ない。拙僧も普通の刻印一つままならない」 「そりゃ、勉強不足だ。昔は法術師が刻印を刻んでたんだぞ」 「それは、何千年も前の話ですよ。イズマの刻印師だって、最近始めたわけじゃないでしょう」 「まあ、ここ300年は営業してるかな。うちの先祖もズボラだから、正確なところはわからないけどな」 「ビィの子宮は、統一帝国時代の法術テクノロジーの究極を極めたものです。わたし達では、再度の封印さえ難しいのです」 「一度、目を覚ましたらそれまでか」 「そのとおり、まず我々の手には負えんでしょうな」 「その時は、逃げるまでか。俺は手に職があるからいいが、七神の坊さんじゃツブシが効かないから大変だな」 「そうならないように努力いたしましょう」 ナガネコは苦笑いを浮かべた。 「ビィの子宮、それが伽国の王宮に眠っていたのね」 モナモナは、メグミの前に降り立った。 「イズマ家の秘事中の秘事として、代々受け継がれて来た」 「2千年も眠り続けたのか」 「えらく長持ちするのね」 「そりゃ、ビィの子宮は、統一帝国時代の法術の技術を極めたもの。現在の低レベルの法術では傷を付けられるかどーかさえ怪しい代物だわ。しかも4番目となれば……想像もしたくない」 「さすがにモナモナ、詳しいわね」 「任せて」 妖精は胸を張る。 「それで伽国には、ユニオンが出て来たのか」 「だろうね。七神教会が千年前から噛んでいれば、ユニオンにもつながるからね」 「ビィがどんどん出て来るなら、ウロコなんぞ獲り放題だもんな。ずるい奴等だ」 うらやましげなヨシア。 「そ、そうかな」 少し椅子からずり落ちるトキヤ。 「始めるとしよう。時間もあまり残されていないようだからな」 カズは、扉の前にあぐらをかいて座った。 「では、わたしがサポートします。ビィの子宮の様子をお知らせします」 メグミが、扉を背にして、カズと向かい合うようにして立つ。 「拙僧は、城の外で待つとしよう。万が一の場合は、この地を樹海に沈めます。よろしいですな」 「お願いします」 「好きにしてくれ」 カズは、目を閉じた。既に刻印を書き直す準備段階に入っている。 「七神のご加護あれ」 短い祝詞を残してナガネコは退場した。 「わたしに心を重ねて下さい。扉の先に案内します」 「頼む」 カズは、自分の身体が浮き上がるような感じがした。 「みんなわたしの掌に手を重ねてくれないか」 メグミがテーブルに手を差し出した。続いて残りの連中も手を重ねた。 「じゃあ、じゃんけんして勝った人がシッペをするのね」 「負けた人は、さっと逃げると」 「じゃんけんぽん!」 「勝った!えい!」 「遅いよカレン」 「いててテーブル叩いちゃった」 「せーの、じゃんけんぽん!」 「おっ!」 「わっ!ヨシア!そんなに力入れないでよ!」 「あんたの怪力じゃ怪我人が出る」 「俺様は、遊びにも全力を尽くすのだ」 「あのね」 「さあ、じゃんけんぽん!」 「ちょっと待て!」 「なにメグミ?」 「そーじゃなくて」 「あれ、伽国じゃ遊び方が違うの?」 「違う!」 「じゃあ、どーやるの?」 「だから、遊びじゃなくて、ビィの子宮のことだ」 「えっ、だって手を出せって言うから」 「カズの見たビィの子宮の記憶は、代々イズマの子孫に受け継がれているのだ。それをみんなにも見せる」 「あっ、なんだ最初からそー言ってくれれば良かったのに」 「言ってる暇も無かった」 「そんじゃ改めて」 みんなの手が重なり合い、最後にモナモナが、ちょこんとその上に座った。 目を閉じると、魂の一部が肉体から抜け出し時空を飛び越えて、千年前の古城の地下にいるカズ・イズマの魂と重なった。 彼の魂もまた、千年前のメグミに導かれて大きな扉の前から吸い込まれるように、それを突き抜ける。 鉄の分厚い板の分子の間をすり抜けるような感じは、リアリティがあるのに感覚が伴わない、夢のようなイメージ。 扉の向こう側は、眩しいほどに光のあふれた場所だった。 大崩壊によって失われた世界の一部が生き残っている。 それ自体が発光している白く輝く壁と床そして天井。 温度がかなり低く保たれている。 もし、生身の身体で入り込んだら、生命に危機が生じるほどの低温。 何故かわかる。 全ては、扉の内側に刻まれた刻印によるもの。 それらも永久刻印。 常氷の楽園をプログラムしてある。 そして、女が倒れていた。 若い女。 容姿はメグミに似ているように思えた。 長い髪が床に広がっている。 まるで眠っているように見えるが、ピクリとも動かない。 死んでいるのだ。 その羽織ったマントに描かれた紋章が、彼女が刻印師であることを教えてくれた。 きっと、こちら側の刻印を打ち、そのまま千年の時を眠り続けているのだろう。 この楽園ある限り。 光にあふれたホールを抜けると、ゆったりとした階段の降り口になっていた。 まだ下へと続く。 さらなる地下深くにビィの子宮は存在するのだ。 階段を降りる。 足ではなく、空気の流れのまま漂いながら、ユラユラと沈殿するような感じ。 どれぐらい降りたのだろう。 時間は止まってしまったように感じられた。 一瞬と永遠の狭間。 魂だけの意識は、広い空間に到達する。 そこは、ガラス細工の林。 木々の幹も根も葉も、どれもがガラスのような透明な物質で造られていた。 それら全てがビィの子宮。 林の木々は根によって一つに結ばれている。 おぞましいくも美しいビィを産み出すそれは、またその子供達と同じく美しいオブジェであった。 木々になる果実の中にビィがいる。 その姿は、妖精の卵に似ているが、リンゴぐらいの大きさに成長していた。 ビィの子宮は、まだ完全に眠りから覚めてはいない。 ガラスの花を咲かせて果実が実る時を待っている。 「……」 ガラスの幹に大きな瞳が目蓋を開けた。 魂を見詰める。 それは、時空を越えた事象の全てを見極めるかのように大きく見開き、そして閉じた。 「わかった」 戻ったカズ・イズマは、それだけ言うと扉を見据えて手をかざした。 「彼はその後、3ヵ月に渡って、その扉に刻印を打ち続け、ついにビィの子宮の再度の封じ込めることに成功した。 地上に戻った彼の身体はやせ細り、身体の至る所に自ら打ち込んだ刻印が浅黒い傷痕となって残っていた。 『約束である。カズ・イズマよ、そなたは今より伽国の王を名乗るがよい』 玉座の老人は、その言葉を残すと、カズの前に倒れ、砂になって消えた。 『父は、ビィの子宮を封じた最後の生き残り。いまやっと千年の苦役から解放されたのです』 メグミは、砂を手にすくい涙を流した。 『お前に掛けられた呪いも俺が解いた。もう、ただの女だ』 カズは、メグミの手を取り、彼女もまたうなずく。 伽国は、その地に建国され、カズとメグミのイズマの子孫は代々刻印師となり王宮の地下の楽園の扉を守ったのだ」 メグミは、長い物語を語り終え、ため息をついた。 ■SCENE014 ■目次 ■TOP ■ねこどっとこむ Mambo Nekoyanagi |