SCENE015



穏やかな日だった。レースのカーテンから透ける日の光が室内を明るく照らしている。父に代わって執務を終えた午後、自分の部屋に戻ったメグミは、読みかけの本を開いていた。
「姫様」
ばあやとジュンコ(この時はまだ名しか知らない新入りの一人でしか無い)が顔を見せる。
「伯爵様が、お目通りをお求めでございます」
「そうか、すぐに行こう」
本にしおりを挟んでテーブルに置き、マントを羽織って刻印師の正装となる。
「剣は、いらないな」
ベットの傍らにある剣を無意識に取ろうとして苦笑いを浮かべた。
「おまえがいてくれるだけでいい」
ペンダントを胸元から引き出した。勿論、妖精の卵である。
コンドエイ伯爵は、メグミの義理の叔父にあたる人物で、王の妹を妻するほど伽国では有数の実力者であった。
しかし、メグミは、その叔父が好きではなかった。
幼い頃、母のようになついていた美しい叔母を奪われた所為かもしれないし、叔父のその冷た過ぎる眼差しの所為かもしれない。
または、その両方。
叔母は、伯爵に嫁いで一年も経たずに亡くなってしまった。その棺を悲しみもせず、ただ冷たい眼差しで見つめている叔父のその姿を見た瞬間から決定的に嫌いになっていた。
さらに叔母が亡くなって後、伯爵に関する悪い噂をよく耳にするようになった。
メグミはそれに感化されたわけではないが、父が病床に着いてからは、特に緊張感を持って接するようになっていた。

伯爵は、奥の来賓の間にいた。
初めて会った日から少しも変わってないような、その容姿。いまでも青年のように見える(人によっては美しいと形容するかも知れない)。そして窓際の日の光を浴びても、眼差しは少しも暖まらず冷たい光りをたたえていた。
「お待たせした」
目に付いたのは叔父の隣に白い法衣に身を包んだ女だった。
青い髪と藍色の瞳。
海の族の美しい女だ。
「突然、申し訳ないメグミ殿」
「いえ、叔父上。そちらは」
「神官ユリア・シデン殿です」
「お初にお目にかかりますメグミ・イズマ様。七神法理教会のユリアにございます」
「北の大国の方ですね」
「いえ、わたしどもに国はございません」
「そうですか失礼しました。初めて聞く教会のお名前でしたので」
「七神法理教会。ご存じないのも仕方有りません。長きに渡り途絶えていたようなものですから」
ユリアの藍色の眼差しも、叔父同様に酷く冷たく感じられた。

「七神法理教会ですって!」
モナモナが声を挙げた。
「……やっぱりそうなのか」
トキヤも苦い顔をして呟く。
モナモナとトキヤだけが、教会の名前に敏感に反応した。
「七神法理教会を知ってるのか?」
メグミも良く知らないらしい。
「法理って言うぐらいだから、法理系の法術師がいるところかな」
ミナミが指を顎に当てて考える。
「それなら、モナモナとトキヤと同じだね。法理系って他に見たことなかったけど、いるんだね」
カレンは、ニコニコして。
「七神法理教会か、小難しそうで嫌な感じがするな」
ヨシアは、呟くように言った。
「そのとおり」
モナモナがヨシアの言葉を肯定した。
「えっ」
ミナミとカレンが思わず声を揃えてしまう。
「七神法理教会こそ、統一帝国年代記の最後に記された禁忌呪法を使う者の本当の名前よ。……やはり滅びてなかったのか」
「禁忌呪法も本当の本物が残っていたんだね」
「本当の本物って……トキヤとモナモナだって使えるんじゃないの?」
カレンが疑問を挟む。
「一般的に法理系=禁忌呪法とされているけど、実際にはそんな単純なものじゃないんだよ」
「トキヤの法理系の法術は禁忌呪法の一種じゃないの」
「本物の禁忌呪法を使うには、術師そのものも人とは違うものに変化させる必要がある。だからボクとモナモナには本物の禁忌呪法は使えない」
「統一帝国が何千年にも渡って戦って来た相手が俺達の敵なのか」
ヨシアもようやく飲み込んだらしい。
「そういうことになるわね」
「しかし何故、2千年も経ってから現れたんだ」
「あちらさんにも都合があるんでしょう」
「それとも正当後継者ではないのか」
「そんなこと、ここで考えても始まらないわ。ねえメグミ、その七神法理教会の神官という女が封印を破ったんでしょう」
「たぶんな。奴はビィの子宮の前に立っていたから」

メグミは眠り刻印が作り上げた長い階段を降りて、扉の前にたどり着いた。
赤錆た鉄製の大きな扉には、カズ・イズマから受け継いだ記憶と同じ刻印が施されている。
しかし、記憶と大きく違うのは扉が開かれているということ。
「常冬の楽園……その刻印を破ったのか」
記憶の刻印の上に見たことのない文字で造られた刻印が重ねて打ち込まれている。
「……禁忌呪法なのか」
冷気を吐く扉の向こう側、常氷の楽園へと足を踏み入れる。
「何故、天井が落ちない……城の底は抜けたというのに」
天井は記憶と違い蒼光花の色のような光だった。
流れ込んだ空気が、四方に霜を作っている。
その中にあって、倒れている女性だけが記憶のままの姿を残していた。
髪の色を除けば、彼女が自分にそっくりなことに気が付く。
「あなた、誰なの」
膝を着いたメグミはそっと手を伸ばし、彼女の頬に触れる。氷そのものの冷たさ。
でも、凍り付いてはいない。
柔らかく弾力の有る肌だった。
「あなたは、味方だよね、力を貸して……」
メグミは、一瞬だけ優しい眼差しを浮かべるが、直ぐに立ち上がりビィの子宮に通じる階段へ向かって歩き出した。
道は全て知っている。

「ねえメグミ、その扉の封印を破った刻印の見たことの無い文字って、こんなだったんじゃない?」
モナモナは、テーブルに小さな刻印を造って見せた。
「……似ていると思う」
「あたしも見たことないけど」
「あたしも」
「俺には区別が着かんな」
「ヨシア、お前は勉強が足りな過ぎる」
「まーな」
「威張るな」
「普通は見たことないよ。だってこれ法術史の学者だって知らない筈だよ」
「それもそーね。この刻印は、ユニオンの本部から無理を言って見せて貰った七神法理教会の祭儀用刻印のサンプルだもん。あたしが知ってる唯一の資料ね」
テーブルに光っていた刻印は消える。
写しなので効力もなにもないただの文字の集まりに過ぎない。
「つまり、伽国に現れた七神法理教会の神官は本物ってことだね」
「直系か傍系かは知らないけど、間違いなく大崩壊で滅びたとされる七神法理教会の流れを汲む者」
「そいつの狙いは何だ。また、大崩壊でも起こすのか?」
「さーね、わかっているのは、奴は少なくとも地の大陸の人間を滅ぼしても構わないと思っていることぐらいかしら」

メグミは、その美しい光景に息を飲んだ。
「……これが、ビィの子宮」
長い階段の終点には、代々受け継いだ記憶と同じ、水晶の木々が広がっていた。
寒さは完全に消え去り、むしろ汗ばむほどの暑さだった。
「ようこそメグミ王女」
木の影から昼間、叔父から紹介された神官の女が現れた。
「これは、どういうことか、ユリア殿」
「見てのとおり、ビィの子宮が長き眠りより覚めたのです。どうですご覧なさい、美しい果実を実らせているでしょう」
水晶の木にビィを入れた果実が生っている。それは急速に成長し、重そうに枝をしならせていた。
「馬鹿な、何故こんなことをする」
「ビィは我等が同胞(はらから)。無理に眠らせることもありますまい」
「化け物め、ふざけたことを!」
「クックックッ、わたしから見ればあなたの方がおぞましき存在です。人だけが正義ではないのですよ。哀れな王女様」
「罪も無い人を殺すのが、お前達の正義なのか?」
「いかにも。我等が敵を駆逐するは、我等が貴き正義」
「貴様等に正義があろうとも、わたしは我が一族の義務を全うするまで」
メグミは、ありったけの力を込めて、ビィの子宮へと刻印を打ち込む。
「効かぬ」
しかし、神官が僅かに指を動かしただけで、刻印は形にもならず消えてしまう。法術師としてのスキルを持たないメグミとでは力の差が有り過ぎる。
「くっ」
下唇を噛み締める。
やはり魂のない刻印が通用する相手ではない。
「さらばだ王女よ、魂も砕いてやろう」
片手をメグミに向ける神官。
「あっ」
鋭い衝撃波が襲う。
両手を盾にする間も無く意識は途絶える。
その直前に胸元の卵が光ったのを見たような気がした。




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Mambo Nekoyanagi