SCENE016



それは、バスタブに似ていた。
ガラスというよりは、アクリルのようなやや安っぽい質感の透明な材質。
乱雑に配管されたパイプが繋がっている。
ブルーの液体をたたえ、その中に裸の女の子が独り寝そべったまま沈んでいた。
ドクッ!
ドクッ!
ドクッ!
鼓動が始まる。
まるで、凍り付いていたような女の子の身体が徐々に柔らかさを取り戻す。
そして、青い液体の中で目を開けた。
ザバッ!
「ゲホッ!ゲホッ!ちょっと!」
飛び起きて、激しく咳き込む。
「どーいうことなの!」
緑色の髪、瞳は飛空石と同じ赤。
「何なのこの青い潤滑液は、ベトベトして気持ち悪い」
女の子は、指先でネバネバを確認。
「まったく、ちょっと眠ってる間に、こーんな質の悪い潤滑液を流すなんて、あたしを殺す気なのかしら」
濡れそぼった長い髪をかき上げる。
「あーん、髪までベットベトじゃない、もおー!シャワーで早く流さなきゃ!」
浴槽みたいな入れ物からペタペタと出る。
「あれ、なんか狭くなったよーな気がするけど……そんなことより、シャワーが先だわ!それから整備員に断固抗議!」
女の子は、拳を振り上げて叫び、首にタオルを掛けると、裸のままパイプだらけの部屋を後にした。
壁をスーっと通り抜けて。

「おっ、風呂の時間だな」
ヨシアが黒王の格納庫で山になってるガラクタの中から毛虫のように這い出て来た。
それらは、樹海から拾って来たわけのわからん機械類。
ヨシアは、それを修理と称して分解したり組み替えたりして遊んでいるのだ。
元々は、機動装甲用の部品集めだったのだが、何時の間にやら目的は失われ、この有り様だ。
特に最近は、どう見ても機動装甲とは関係の無さそうなモノばかり増えていた。黒王の整備は、トキヤに任せっきりなのに。
「面倒くさいが、カレンの奴がウルサイからな。たった3日入らなかったぐらいで、血が出るほどデッキブラシで擦りやがるし……」
ブツブツ言いながら、洗面器に入ったお風呂セットを手に取って通路に出た。
飛空艇のお風呂の時間は、個人毎に割り振りされている。
お風呂といっても、シャワーが一基あるだけだが、それでも移動の最中に使えるのだから、かなりの贅沢品ではある。
「こうしてみると、未子矢の温泉が懐かしいねえ」
ヨシアは、狭い脱衣場でぼやいた。
ガラリ。
引き戸を開けるとシャワールームに先客がいた。
「んっ?」
小ぶりな胸とピンク色の乳首が目に着く。
それから赤い瞳。
目が合った。
「きゃあああああああああっ!」
物凄い悲鳴にヨシアは、通路までフッ飛んだ。
「ちょっと、待て!」
通路に転がったヨシア。その頭にシャンプーの容器や石鹸がブチ当たる。
「助けて!痴漢!」
半分、引き戸を閉ざしたシャワールームから赤い瞳が覗いてる。
「ちょっと待てと言ってるだろ、いまの時間は俺の入浴時間だぞ」
「そんなこと誰が決めたのよ!」
「みんなで決めたんだろ!」
「そんなの知らないわよ!」
「知らないって……誰だおまえ……」
応酬しているそこに。
「痴漢ですって!」
「あっ、やっぱりヨシアか!」
操艇室からミナミとカレンが飛び出して来た。
「やっぱりとは、なんだ!」
ヨシアは、むっくり起き上がって、2人の方を見た。
「きゃっ!」
いきなり、ブランとしたものを目の当たりにしたミナミとカレンは、悲鳴と共にヨシアを法術でフッ飛ばした。
ベチッ!
ヨシアは、奥の壁に貼り付いて、少ししてからペリっと剥がれた。
「もう、大丈夫だよ」
「痴漢は退治したから」
2人が、シャワールームを覗き込む。
「ありがとう」
小さな声が返ってきた。
「どうしたの」
遅れて、トキヤとモナモナとメグミの3人が到着した。
「……あれ、みんないるの?」
ミナミとカレンは顔を見合わせる。
「誰が入ってるの?」
「えっ、だって」
「ねえ」
もう一度、シャワールームを覗いた。
「あれ」
「えっ」
「誰もいないじゃない」
モナモナも一緒になって、覗き込んだが、脱衣場もシャワールームももぬけの殻。
「あれれれ」
「どーなってるの?」
また、顔を見合わせる2人。
「ヨシアが入ってたんじゃないの?」
モナモナは、まだ倒れたままのヨシアを指差した。
「全員が、ここにいるのに、そこに誰かいるわけないよ」
トキヤが3人に声を掛ける。メグミは、その横で黙ってうなずく。
「だって、確かにいたよ」
「声だって、聞いたし」
「痴漢って女の子の声で」
「そーなのよ」
「じゃあ、ヨシアの狂言か」
「そんなわけはないと思うけど」
「あれにそんな演技力なんてないよ」
「石鹸とか飛んできてたし」
「そうそう」
「あなた達、見掛けない顔だけど、新しい整備のクルー?」
「はっ」
壁から、緑色の髪で赤い瞳の女の子の頭が生えていた。
「きゃあ!」
「わっ!」
「お化け!」
ミナミとカレンとメグミは悲鳴を挙げて、ドタドタと逃げてった。
「誰?」
トキヤは、首を傾げる。
「……」
モナモナは、逃げる3人に弾き飛ばされて床に落ちていた。
「お化けとは失礼ね」
ニュッと壁から出て来る女の子。
着ているのは法術師の服装に似てるけど、白で統一されていて、マントは無い。
「はあーっ、しっかし、どーしてちょっと眠ってただけで、こんなにボロくなっちゃうわけ?」
深くため息を着いて、腕組みして目を閉じて首を振る。何か考えているよーだ。
「そう?最初の頃よりは、ずっと良くなったと思うけど」
拾った時には、地面に埋まっていたのだから、それに比べれば、ずっとマシだ。
「これより酷かったなんて、想像もしたくないわ」
手で顔を覆う。
「まあいいわ、コクピットでメモリーを調べれば何かわかると思うから」
立ち直りは、早い性格らしい。
「ところで、お姉さん誰なの?」
「んっ?」
赤い瞳で、トキヤの藍色の瞳を覗き込む。
「変わった色ね、コンタクトじゃないみたいね。それにこの髪の色」
トキヤの髪をワシャワシャっとかき混ぜてみる。
「海の族としては、ごく普通らしいよ」
トキヤは、自分以外の海の族の人間を見たことがなかったので伝聞形式のまま伝える。
「ふーん、海の族?海の族、海の族、聞いたことがないな」
額に指を当てて考え込む。
「お姉さんこそ、見掛けない瞳と髪の色してるけど」
「当然よ、あたしは一品モノですからね。そこいらの量産型シリコン・マリオネット端末と一緒にして欲しくないわ」
「シリコン・マリオネット端末ってなに」
「そんなことも知らないなんて、あんた、かわいい顔して結構バカなのね」
「……バカって、普通そんなこと知らないよ」
トキヤは、プウッとフクれる。
「怒っちゃった顔もかわいいー」
ポンポンと、頭を撫でたり、ホッペを引っ張ってみたり。
「そんなことより、ちゃんと答えてよ」
上目使いに睨む。
「はいはい、でも、あんた整備のクルーなんでしょう?」
「整備もしてるかな一応」
「それなのに、シリコン・マリオネット端末も知らないんでしょう。変ね」
「壁抜けするお姉さんの方が変だよ」
「お行儀が悪いと言われてもこればっかりは……ところで、あんたどーしてあたしの船に乗っているのにあたしの名前を知らないの?」
「そんな初対面の人の名前なんてわからないよ」
「初対面でも、この船のクルーなんでしょう」
「そりゃそーだけどさ、どーして飛空艇に乗ってるだけで、お姉さんの名前が、分かっちゃうの?」
「何か話が噛み合わないわね」
「言えてる」
初めて意見の一致を見る。
「主な原因は、あんたの知識に多大な欠陥があるってことなんだけど……かわいいから許しちゃおう」
ギュッとトキヤを抱き締める。
「ちょっとちょっと、あんた!いきなり壁から現れて、あたしの弟子を抱き締めるなんて、非常識過ぎるんじゃない!」
モナモナが復活した。
「あれ、フェアリー」
「な、なによジロジロと、妖精がそんなに珍しいわけ」
「良く出来てるじゃない」
ムンズとモナモナを摘まみ上げる。
「ちょっと、なにすんのよ!」
「お腹を押すと鳴くのかな」
「げげげっ」
「変な鳴き声」
「あんたが、いきなりお腹を押すからでしょう!」
「口の悪いオモチャね」
「オモチャじゃないわよ!」
バリバリバリッ!
モナモナの身体青く光った。
「きゃあ!」
思わず手を離す女の子。
「こいつ漏電するぞ」
「漏電じゃないよ、法術よ法術」
「オモチャが法術……」
信じられなーいといった感じの目。
「モナモナは、本物の妖精だよ」
プリプリ怒っているモナモナを抱きかかえるトキヤ。
「本物の妖精と主張するオモチャに、少し足りない美少年か、何か変だわ」
「……引っ掛かる言い方」
「とにかく、メモリーを調べればわかることだわ。まったく大事な情報の回路が断線したまんまなんだから、ほら、あんた達も一緒に来なさいよ」
トキヤの手を取る。
「ところでまだ、お姉さんの名前を聞いていないんだけど」
「あたしは、ラピュタ。この高速戦艦ラピュタのシリコン・マリオネット端末よ」
「変な名前」
「あんたのモナモナってのも十分に変じゃないの。あたしの名前は、異世界の空飛ぶお城の名前なのよ、学の無いあんた等には分かんないでしょうけど」
「ボクのトキヤは普通だね」
「トキヤか、気に入った!あたしの専属整備士にしてあげよう」
「わっ」
「あっ」
トキヤとモナモナは、ラピュタに引っ張られて壁の中に消えた。

その様子を見ていたヨシアが、むっくりと起き上がった。
「何だ、夢か」
それから周囲をキョロキョロ。通路には、やはり誰もいない。
「どーして俺は裸なんだ」
自分の身体にも目が行く。パンツもはいていない。
「わかった、これは夢だからか」
ペチッと手を打つ。
「それにしても全裸で、艇内をうろつく夢とは、俺も欲求が不満しているらしいな」
夢判断などしながら、ペタペタと自室に帰って行った。
「どーせなら、もっと楽しいがいいね」
どーやら、もう一度寝直して、別な夢を見ることにするつもりらしい。

「はあー、何なのいったい」
「ふうー、あたしに聞かれても」
「はひー、やっぱり、お化けでしょう」
ミナミ、カレン、メグミの3人は、逃げ着いた先のデッキで絶え絶えの息を整えた。
「トキヤたちは、どーしたのかしら?」
「忘れて来た」
「大変、取りに戻らないと」
「トキヤもボーっとしているところがあるからな」
「うん、今頃、『お姉さん誰?』なんてやってたりしてね」
「まさか」
「まあ、不意を衝かれて浮き足立っちゃったけど」
「お化けにしたって、ビィほど手強くはないでしょうから」
「戦うの?」
「それは、相手の出かた次第ってやつ?」
「じゃあ、出発だ」
「待て何故、わたしが先頭なんだ?」
「細かいことを気にするな、あたしなんか最後尾なんだぞ」
「あたしなんか真ん中」
3人は、一列になって艇内へと行進を開始した。

「ふーむ、全体的に圧縮されてるのか」
「あれ、ここは」
「操艇室だね」
ラピュタに壁へと引きずり込まれたトキヤとモナモナは、一瞬のうちに通路から操艇室に現れた。
「瞬間移動?」
「それにしては、法術を使った様子が無いけど」
「あんた達、壁抜けの一つも出来ないの」
ラピュタと名乗った女の子は哀れみの表情で2人を見る。
「普通は出来ないよ」
「はあっ、整備のクルーとは言え、少し眠ってる間に、帝国軍人の質も随分と低下したものね」
「帝国軍人?」
「さあ」
「メモリーも随分と欠落したままだし、あたしゃいったい何年眠っていたんだ」
ラピュタは、飛空石を抱えるようにして、表面をキュッキュッと撫でた。
操艇室の壁が鮮やかに光る。それから、床も天井も。
「わっ!」
そして、色が消えた。
いや、床や壁、天井が消えてしまう。
そこは、夜の空間、空の上だった。
「落ちないわよ」
「これって、スクリーン」
飛空艇の外の様子が、そのまま映し出されているのだ。良く見れば白い線が格子状に引かれている。
「これが、本来のコクピットよ。飛空石の映像は補助的なものなの……って、どーして知らないのよ、もー」
「へえ」
モナモナも感心して、室内を飛び回る。
「それでは、メモリーにアクセスと」
ラピュタは、飛空石の真下に座った。
「メモリーにアクセス?」
「この人、法術じゃない何か別のモノを使ってる」
2人は、目を閉じて、まるで瞑想しているようなラピュタを見ながらヒソヒソ話す。
「飛空石と何かやり取りをしているのはわかる」
「でも、それ以上は無理ね、あたし達とは全く違う言葉でプログラムしてるもの」
ここでの言葉とは、法術の根幹を成すプログラム言語。
「ボク等の知ってる法術とまるで違う。でも、飛空艇には通じてるんだね」
「もしかしたら、飛空艇の本来の言葉は、このラピュタって娘の使う言葉なのかも」
「いったい、この人は何者なんだろ、どーしてこんなに飛空艇のことに詳しいんだろ」
「だいたい何処から来たのよ。この飛空艇に知らない人間が隠れられる場所なんて無かった筈よ」
「マナミの村で乗り込んだのかな」
「それにしては、妙なのよね。あの瞳の色と髪の色」
「うん」
トキヤは、うなずいてラピュタを見た。彼女は目を開く。
「そんな……六千年も」
よろっと立ち上がって、飛空石を抱き締めた。
「何かわかったの」
「ええ」
「あたし達にもわかるように教えて、ラピュタの言ってたシリコン・マリオネット末端て何なの?」
「知らないのも無理はないのね、こんなに長い時間……」
さっきまでとは、打って変わってシュンとしているラピュタ。
「きゃあっ!」
「わあっ!」
「落ちる!」
そこにやって来て、グルグルドタドタと大騒ぎする3人娘。
「あれ、浮いてる」
「どーなってんの」
「落ちない」
3人は、ギュッと抱き合ったまま止まった。そしてトキヤたちを見る。
「外の景色が見えてるだけだよ」
トキヤは、四方を指し示して説明。
「これって、その人の仕業」
カレンが、ラピュタを指差した。
「操作したのは、そーだけど、これが操艇室の持つ本来の機能らしいよ」
「本来の機能の数パーセント。まだ、どーにか動ける程度にしか回復してないわ」
ラピュタが、飛空石に寄り掛かって説明する。
「どーして、あんたが、そんなこと知ってるの?だいたい何時、乗り込んだのよ」
ミナミは、ラピュタを睨む。
「あなた何者なの」
カレンもその隣で。
「お化けじゃなかったのか」
その後ろでメグミが呟いた。

ドンッ!ドンッ!ドンッ!
「なんだよ」
激しく扉を叩く音にヨシアは、目を覚ました。
「おーい、ヨシア!起きろ!」
カレンがヨシアの個室の扉を叩いていた。
「カレンか」
「早く起きろヨシア!」
扉の向こうで怒鳴っている。
「わあったよ」
大きな欠伸混じり。
「やっと起きたか」
扉を開けると、息を弾ませているカレンが額の汗を拭った。
「んーっ、まだ朝には早いぞ」
寝癖バリバリの頭のヨシア。それにヨレヨレのTシャツにトランクスというイデタチ。
「それに夜這いなら、もっと静かに」
グイッとカレンの腕を掴む。
「なにすんのよ!」
パチッ!
パチッ!
バチッ!
カレンの往復ビンタ炸裂。
「どう、目は覚めた」
「ひー、涙で良く見えない」
鼻血も出てる。
「ほら、もー急いで身仕度を整えて」
部屋の中にズカズカと入って、脱ぎ捨ててあるオーバーオールと上着を差し出した。
「何かあるのか?」
いそいそと着替える。
「食堂で話し合い」
「また何か、モメごとか」
「あんたも、さっき見たでしょう」
「何を」
「シャワールームで、見た事のない女の人を」
「えっ、なんで俺の夢を知ってるんだ」
「呆れた、夢じゃないわよ」
「でも、俺は裸で廊下に寝てたし、トキヤとモナモナは、壁の中に引き込まれたんだぞ!」
「裸で寝てたのは、あたしとミナミの法術で吹き飛ばされたからよ」
「そーいえば、そーだったよーな」
「だって、痴漢だって声が聞こえたし、ヨシアったら、いきなり変なモノを見せるし」
彼の額をなぞると、擦り傷が消える。
「思い出した、俺は何も悪くないんだぞ、状況をよく把握しないお前達が悪い」
「あの状況なら、誰だってヨシアが痴漢行為を働いたと思うわよ」
「そのことについて話し合うのか」
「違うわよ、飛空艇のホントの所有者と話し合いをするの」
「所有者?」
「とにかく来ればわかるわよ」
今度は、カレンが着替えの終わったヨシアの手を引っ張った。

「あっ、さっきの痴漢」
食堂の扉を開けると、瞳の赤い娘にヨシアはいきなり指を差される。
「違うって、不可抗力だ」
ムスっとする。
「その割に、じっくり見てたよーな気がするけど」
ラピュタは、あたかも裸でいるみたいに胸を両手で隠した。
「それは単に、変な先客がいて驚いてただけだ」
「こーんなに目を皿のよーにしていたくせに」
指で目を広げる仕草をする。
「俺の目は、そんなに大きくないぞ」
「絶対に大きかった」
再度、ヨシアを指差す。
「ところで誰なんだ?」
ヨシアは、小声でカレンに聞いた。
「だから、飛空艇のホントの所有者」
「へえ」
「まあいいわ、痴漢クンも席に着いて」
仕切るラピュタ。
「俺の名前はヨシアだ。痴漢じゃない」
「じゃあ痴漢のヨシア」
「あのな」
「あたしの裸を見たくせに。素直に覗きましたと認めなさい」
「見たくて見たわけじゃない」
「なんですって」
「それに見られて困るほどの身体でもないだろ」
「困るわよ」
「前か後ろかもよくわからなかったぜ」
ニマっと笑うヨシア。
「なんだと!よーし!どっちが前か後ろかハッキリさせてやるわ!」
服を脱ぎ捨てよーとするラピュタ。
「そりゃ楽しみだね」
ヨシアも意地になる。
「ちょっと、あんた」
「止めなさいよ、ヨシアも謝ればいいでしょう」
ミナミとカレンが両側から押し留める。
「あんたの裸なんて、どーでもいいわよ。早く話を進めてちょーだい」
テーブルの上に寝そべっているモナモナは、既に飽きていた。
「どーでもよくないわよ!」
脱ぎ掛けのラピュタ。
「じゃあ、後でゆっくりヨシアに見せてやったら」
「別にかまわないわよ」
「それは駄目!絶対に駄目!」
「あれーえ、どーしてカレンが駄目を出すのかな?」
ニマーと笑って鋭く突っ込むミナミ。
「そ、それは道徳的に鑑みて、いけないことだからよ」
「ほおっ、道徳ねえ」
「な、なによその薄笑いは!」
「へへへへへへっ」
「あたしは別に」
「別になにかなカレンちゃーん」
「あんまりしつこい嫌みな女には、お仕置きするわよ」
「へへーんだ、返り討ちにしてくれるわ」
エキサイトしてくる2人。
「クスグリ地獄」
モナモナが、ボソっと呟く。
「なーんて冗談よ」
「そうそう、冗談だってば」
慌てて引きつった笑みを浮かべながら、またもや肩を組んで左右に揺れる2人。
「それじゃ、場も盛り上がったところで、ラピュタさんどーぞ」
立ち上がって司会をするのはトキヤ。
このタイミングを逃すと、いつまで経っても本題に入れないのを経験上、よーく知っていたからだ。
「じゃあ、本題から入るわ」
ラピュタもモナモナの据わった視線を浴びて、やや緊張気味に喋り始める。
「メモリーを調べた結果、一年前あなた達と出会ってからのことは、ほぼわかったわ。それからわたしの眠っていた時間も」
「どれぐらい眠ってたの」
ミナミが質問する。
「撃墜され大破してから六千年」
「六千年!」
一同は、揃って声を挙げた。
「あんた、六千年も生きてるのか?」
ヨシアが手を挙げた。
「壊れてたのよ。仮死状態ね。それに実際の船齢は、さらに千年遡るわ。だから、あたし達の建造は七千年前ってこと」
「ちょっと待って、あなた壊れてたとか、七千年前とか言ってるけど、人間じゃないの」
モナモナが身体を起こした。
「えっ、だからさっきから言ってるじゃない、シリコン・マリオネット端末だって」
「その意味がわからないの。飛空艇が建造された七千年後のこの世界では、シリコン・マリオネット端末なる人種は存在しないの」
「あっ、なるほどね。えっ、じゃあ、生き残ったのは、あたしだけってことなの」
「あたし達の知る限りにおいてはね」
「まだ、その辺りに埋まっているのかもしれないけど」
「何処かを飛んでいる可能性も有るな。だが、一般には知られてない」
「じゃあ、あなた達も知らないわけだ」
「そーいうこと」
「簡単に説明すれば、あたしはこのラピュタ号の付属品なの」
「えっ」
「あたしも含めてラピュタ号なわけ。生物的には人間じゃないわ。構造的には、あなた達がビィと呼んでるモノに近いわ」
「えっ、ビィ」
思わずみんな引く。
「そんな心配しなくても、噛付いたりしないわよ」
「だって、ビィなんて言うから」
「ゴメン、でもビィは法術によって造られているんでしょう」
「法術生命体だよ」
「あたしを造り出したのは、法術じゃないわ。その大本を成すものサイエンスよ」
「サイエンス?」
「それって、美味しいの」
「食べ物じゃないわよ!」
一応、モナモナのお約束のボケをヒステリックな声で退けるラピュタ。
「サイエンス、科学のことよ」
「科学、それって七神の智の神がお使いになる世界を造った力のこと」
モナモナは立ち上がって羽根を広げた。
「そーいうこと、法術は科学から派生したテクノロジーの一つに過ぎないわ」
「科学、サイエンス、神話の中のお伽話かと思ってた」
トキヤは、椅子にもたれて天井を見た。
「あたしだって、そーよ」
「世界を造る力が、現実のものだったなんてね」
「七神の神々が、いらっしゃれば、その力も実在するわよ。ただ、人が使っていたとはね」
光羽根をパタパタさせながら腕組みをして唸る。
「あたしの時代、法術と科学は、半々だったわ。だからラピュタ号には、両方のテクノロジーが導入されているのよ」
ラピュタは、パチンと指を鳴らした。
それに呼応して、食堂の照明が落ち、代わって壁に光が灯った。
「これは」
「あたしの記憶」
四方の壁は、映像を映し出すスクリーンとなる。操艇室と似たような機能がこの部屋にも施されていたのだ。
「水か」
「黄色い水だな、まるで……」
ボコッ!
「うっ!」
ミナミのパンチが、ヨシアの顔面を捕らえていた。
「どーせ、しょうもない例えをするつもりなんでしょう」
「お前、何を証拠に」
「だったら、『まるで……』何だって言うわけ」
「決まってるだろ、朝のション……」
ボコ!
「ひっ!」
「聞くまでも無かったか」
2人が騒いでいる間にも、スクリーンに映される映像は、ずんずん深度を下げていた。黄色い液体の透明度は、それほど悪くなく、まるで海のように広い場所なのがわかる。
「この液体は羊水、船を造る子宮みたいなモノの中よ」
「船を造る子宮?」
「人が手で造るんじゃないの」
「普通の船はね。あたし達、高速戦艦は違うわ」
「下に何か有るな」
「随分、大きいな」
黒い影は、やがてハッキリとした船影となる。それは、これまで見たことのない大きさの飛空艇、いや戦艦であった。飛空船のシルエットよりは飛空艇に近い。
「建造中のラピュタ号よ」
「ええっ」
一同、疑いの眼差しでラピュタを見る。
「全然、違うじゃないか、大きさも形も」
「誰が見たって間違えないわよ」
「こんなのじゃ、ヨシアだって騙せないわよ」
「俺を引き合いに出すな」
「建造時から大破するまでは、この大きさだったの!」
「ホントに」
「飛行型の機動装甲200機に、無人型陸戦用の機動装甲500機、戦闘機300機に爆撃機5機などを内臓してたわ」
「別の船じゃないやっぱり」
「機動装甲は、2機しかないわよ」
「ここで見栄を張っても仕方ないぞ」
「そうよ、誰も怒らないから」
「へんな慰めは止めてくれる、あたしは嘘なんかついてないわよ」
「だって」
「信じろってほうが無理よ」
「だから、大破前の姿だって言ったでしょう。あたしだってビックリしたわよ、再生されたら、こーんなに小さくなってるんだもん」
「えっ、そーなの」
「じゃあ、時間が経てば、あんなに大きくなるの」
「でもさ、考えてみ、ここので再生されるのに六千年も掛ったのよ、あんなに大きく育つには、少なくても一万年は掛るんじゃないの」
「それもそーだね」
一同、納得。
「そーでもないわよ、ちゃんとした循環液に浸せば、一年程度で元に戻るわ」
「そのちゃんとした循環液って、濃度どれぐらいなの」
「濃度?」
「現在は70%程度だと思うけど」
「ああ、あの青くてベトベトしたやつのこと?」
「よく知ってるね」
「目覚めていきなり溺れかかったからね。あれは問題外よ、粗悪品にも程ってものがあるでしょう」
「え、あれが粗悪品になるんだったら、この世にちゃんとした循環液なんて存在しないよ」
「それは、あんた達がビィを絞った油を代用してるからでしょう、どーしてスタンドに行って給油しないの」
「なにそれ」
「あれ、もしかして循環液のスタンドも無いわけ、この世界って」
「聞いたことないな」
「じゃあ他の機動兵器とかには、どんな循環液を使ってるわけ」
「この世界の一般的な循環液の濃度ってのは、0.03%ぐらいだ。ほとんど水ってやつだな」
「この飛空艇が、例外中の例外なんだよ」
「えっ、そーなの」
「そーなの」
「信じられない」
「やっぱり、完全復活まで一万年ね」
「じゃあ、あのベトベトする青い循環液で我慢しなきゃならないの」
「そーいうことになるね」
「ベトベトが嫌なら、少し濃度を落とすか?」
「それは止めてよ、今より質が落ちたら、あたしの活動維持に重大な影響が」
「どーなるの」
「また、仮死状態に逆戻りよ」
「それもうるさくなくていいか」
「あによ」
「冗談だよ」
「濃度は、もう少し上げてみるつもりだけど、何故か70%で頭打ちになっちゃうんだよね」
「それは、船体の再生に消費されているのね」
「こうなったら仕方が無い、片っ端からビィを絞って、循環液の濃度を高めるしか道は無いよーね」
「それは駄目だよ」
「どーしてよ」
「依頼がないのに、ビィは狩れないよ」
「例えビィでも無用な殺生は禁止」
「そんな」
「あたし達は、人に仇なさないビィを狩ることは出来ないの。ゴメンね」
「……別にみんなに謝ってもらう必要はないけど」
「なーに、依頼なら直に来るさ。ただ未子矢みたいな、目茶苦茶な奴はゴメンだけどな」
「言えてる」
「それならさ、あなた達が話してた、ビィの子宮ならいいでしょう」
「駄目ってことはないけど」
「ウロコがあるのか」
「ウロコ?ああ、法術結晶体のことね」
「法術結晶体?」
「あなた達が『ビィのウロコ』とか言ってるモノのことよ」
「そんな名前が付いてたんだ」
「あたしが思うに、ビィの子宮なら、高純度の法術結晶体を有している筈」
「しかし、ビィの子宮は、わたし達のレベルでは歯が立たないぞ」
「お姫様だったわね、あたしの生れた世界のテクノロジーからみれば、ビィの子宮は、それほどのモノではないわ。逆に法術のみで構成されたもろさを持っている」
「アレが、もろいというのか」
「そーよ、法術で構成されたものの宿命として、必ずリリース・ワードを有しているのよ」
「解放詞か」
「メグミは知ってるの」
「リリース・ワードは、刻印を構成する魔法陣の文字の連結を解き放つ効果を有している。ただ、どの刻印にも有るものでは無い」
「無いんじゃないわ、無いように見えるだけよ」
ラピュタは自信たっぷりな口調で言う。
「そいつは、効きそうだね」
「で、ビィの子宮のリリース・ワードって何なの」
「そんなのあたしが、知ってるわけないじゃない」
また、同じ口調のラピュタ。
「じゃあ、誰が知ってるの」
「ビィの子宮の創造者なら知ってるんじゃない」
「それで、あたし達にどーしろって言うわけ」
「つまり、ビィの子宮が無敵ではないということよ」
「無敵じゃなくても、あたし達より強ければ、どーしよーもないじゃない」
「リリース・ワードか、もしかしたら読めるかもしれない」
「えっ、ホントなのメグミ」
「ビィの子宮の中心を成す刻印を調べることが出来れば可能だと思う」
「えっ、じゃあ倒せるの」
「理論的にはそうなると思う」
「ところで、どーやってビィの子宮を調べるんだ。だいたい、そこまでたどり着けるのか」
「……ヨシアのくせにまともなことを言うわね。で、どうなのメグミ?」
「私の祖先は何故、それを使わなかったと思う?」
「……無理なのね」
「根幹を成す刻印はビィの子宮の内側にある。つまりそういうことだ」
「あの化け物の皮を剥くってわけか?」
「限りなく無理に近い行為ね」
ミナミとカレンが顔を見合わせてうなだれる。
「ふふん、そーでもないわよ」
ラピュタの声と同時にスクリーンは、現在の外の風景に切り替わる。
地平線から朝日の昇る瞬間だ。
「可能性は、皆無じゃないわ。まあ、現地の様子を調べてみないことには、ハッキリとした結論は出せないけどね」
ラピュタの髪は、日の光を浴びて黄金色に輝いていた。




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Mambo Nekoyanagi