SCENE018



「気を付けてな」
「うん、心配無いよ」
「伽国での仕事が済んだら、ちゃんと連絡を入れろよ」
「わかってる」
飛空艇の底部ハッチが閉まる。
階段に乗ったトキヤは、見送ってくれるビンゴに手を振った。
階段ごとトキヤを収納した飛空艇は、昏也の管制塔に別れを告げ、一気に高度を上げた。

「変ね」
「どうしたの」
「飛空艇の表面の法術バランスが狂ってるわ」
「どれどれ、ふーんホントだ」
ミナミとカレンは、飛空石をじっと見る。
「モナモナが、腹ごなしに何か法術をブッ放しているんじゃないの」
「そーかな」
「まあ、一応確かめるか」
「決まりだからね」

『モナモナとトキヤ、操艇室に連絡してちょうだい』
艇内放送に格納庫にいたトキヤとモナモナは、ピクリとする。2人は、買い込んだ物資の整理と圧縮を行っていた。
「呼んでるぞ」
メグミもいる。
「何だろ」
「連絡を入れてあげたら」
「操艇室に行った方が早いよ」
「それもそうね」

「ほっほっほっ、逃さなくてよ」
リコが、飛空艇の上、白虎の格納庫の屋根の上に立っていた。包帯を取り去って剣を抜く。既に完治している。
「さあ、いざ尋常に勝負」
一人で盛り上がっている。
「とうっ!」
格納庫の上から、飛空艇の胴の部分へと飛び降りよーとするが、飛空石と刻印の影響で、浮力の高いから、そのまま空中で止まってしまう。
「きゃー!どーなってるんですの!」
ジタバタしているうちに、ドサリと落ちてしまう。
「痛いっ」
お尻を撫でながら立ち上がる。
「こんな仕掛けを、卑怯ですわ!」
ビシッと剣を突き出して格好つけるが、誰もいない。
「ムッ」
影が、幾つも飛空艇の表面を走りまわっている。まるで入口を探しているかのように。
「法術でお出迎えとは、余程あたくしの剣技が怖いようですわね」
リコは、足元を走った影を一つ切り裂いた。それでいて、飛空艇の表面に傷は着いていない。
2つになった影は、暫く迷走して消えた。他の影は、敵の存在に気付いたらしく、動きを一斉に止める。
「さあ、死にたい者だけ、かかっていらっしゃい」
笑みを浮かべて、唇を舐める。
既に自分に酔っているよーな感じ。
「いっ」
影から腕が突き出される。
黒く半透明なその腕は、まるで影法師が、2次元空間から抜け出したよう。
片腕、両腕、そして頭が周囲の様子を伺いながら現れる。声を出さずに哭き、影から這いずって出て来る。
「餓鬼ね。ほほほほほほ、こんな妖術まで使うとは、そーまでして、あたくしに勝ちたいのかしら」
それは、人間のプロポーションとは異にしている。
頭が非常に小さな球形で、手足が細くて、特に腕が長い。
それでいてデップリと下腹が膨れている。
色は半透明の黒のまま。
法術で造られたものであることは、一目瞭然であった。
影の餓鬼は、リコを取り囲む。
口を開いて肩を上下させる。
呼吸の真似事なのかも知れないが、それで間合いを計っているようにも見えた。
「来ないなら、こちらから行きますわよ」
リコは、そー言う前に毒針を放つ。しかし、針は何の抵抗も無く、そのまま影を突き抜けていた。
「針が効かないなんて、卑怯ですわ」
と、言いながら正面の影に切りかかる。
「やりましたわね」
確かな手応え。
影の餓鬼が縦に真っ2つになる。
「あっ」
と、言う間に影は、一つに戻って、リコの剣の切っ先を掴んだ。
「どうして!そんなのって卑怯ですわ!」
叫びながら、剣を引かずに突き入れる。
血など流れていないのに生臭い臭いが広がっていた。
影の餓鬼を力で押し倒して、剣を取り戻したが、刀身が主の根性のように曲がってしまっていた。
「なんのこれしきですわ」
柄をギュっと握り締めると、刀身が狂いも無く真っ直に戻った。
「法剣士、リコ・シラスナを舐めてもらっては、困りますわ」
遠巻きに囲んでいた影達が、一気に襲いかかる。
「たあっ!」
気合一発、近付いた影の餓鬼は、次々と細切れにされてしまう。
「えーい、どーなってますの!切っても切っても切りがないですわ!」
言葉どーり細切れにしても、ただの影に戻って、またヌルっと出て来てしまう。
「やっぱり、こいつの弱点は、影の時ですわね」
ただの影に戻った時に切り裂けば、消えてしまう。だが、次々と襲い来る餓鬼に邪魔されて、思うように止めが刺せない。
「あっ!」
剣を弾かれて落としてしまう。
その隙を突いて、地面から黒い影の手が伸び、リコの手足を絡め取る。
「卑怯ですわよ!」
リコも手足を封じられては、得意の卑怯技、いやシラスナ流奥義が出せない。
生臭い息を吹き掛けながら、影の餓鬼が口を開けてリコに迫る。
生きたまま食おうとするかのように。
「やだ」
もー半べそで、手足に力を入れるが、全く動かない。影の餓鬼の口がリコの顔に食い付く。
ブシュ!
その直前、餓鬼の小さな頭が無くなった。
「何をしてるんだ、こんなところで」
太刀を2本持ったヨシアがいた。
「みー」
もう、涙でグシャグシャになっているリコ。
「気を付けて、こいつら法術で造った木偶よ!」
モナモナが叫ぶ。
「俺様には関係無いね」
2本の太刀で、リコの自由を奪っている影の手を砕いた。ヨシアの気が乗った太刀は、影の法術を破って無に還す。
「凄い」
その場にペタンと腰を抜かしたよーに座り込んだリコは、2本の太刀を華麗に操り、次々と影の餓鬼を切り裂いて砕くヨシアを見つめていた。
「捕まえたよ」
トキヤが、影の餓鬼の首根っこを後ろから掴んで、モナモナに見せる。既に自由を奪われてダラリとなっていた。
「誰を狙っているのか調べてみて」
「了解」
トキヤは、人差し指をズブズブと影の餓鬼の側頭部へと沈めた。法術プログラムは、割と単純なものを使用していた。
「メグミ・イズマか」
プグラムされたターゲットは、メグミを指し示していた。
「そんなところか」
腕を組んで考え込むモナモナ。
「お仕置きしないといけないね」
「どーせ、雇われた2流の法術師だろうから、本当の依頼主はわからないだろーけど」
「いっそ、メグミが殺されたことにしておけば。本当の依頼主が尻尾を出すかもよ」
「それもいいかもね。真相がバレるまで、再度の襲撃も回避出来るだろうし」
「それで行くね」
トキヤは、中指も突きいれた。
影の餓鬼は、身体を数度ばかり痙攣させて溶け落ちて消える。
「これでよしと」
「ヨシアの方も、片付いたみたい」
最後の一匹が砕け散って、法術の木偶、影の餓鬼は飛空艇の上から一掃された。
「大丈夫か」
剣を鞘に納めて、リコに手を貸して立たせるヨシア。
「卑怯ですわ、あんな法術を使うなんて」
まだ、足がフラフラしている。
「いまの影は、俺達の仕業じゃねえよ」
「違いますの」
すっかり、毒気が抜けた感じのリコ。
「目的は、お前と似たよーなもんだろ。誰がやったのかは知らねえが」
「あたくしは、ただ正々堂々と勝負を」
「まあ、これに懲りたら、真っすぐ家に帰って寝るんだな」
リコをギュッと抱き締めるヨシア。
「な、何をなさるの」
それでも、ただ赤くなるだけ。
「こいつは、俺からのプレゼントだ」
「えっ」
リコは、何かを背負わせられていた。
「まあ、元気でな」
ドン!
リコの身体を突き飛ばすヨシア。
「きゃぁぁぁ!」
リコは、飛空艇から真っ逆さま。
バン!
パラシュートが背中のバックから飛び出した。
「おのれ!ヨシア・ナギ!絶対に殺しますわよ!」
飛び去る飛空艇に叫ぶリコ。
「絶対に許しませんわ」
それでいて、何故か赤くなる。
礫砂漠に着陸する頃には、飛空艇は空の彼方。完全に見えなくなっていた。


影の餓鬼を始末してから、トキヤとモナモナは木偶の法術師を探ったが、進行方向を真っ直ぐに示している方位しかわからなかった。
「これ以上の強力なサーチを掛けると、相手に気付かれる可能性が高くなる」
「折角の罠がパーになるよりはマシだわ」
「やっぱり、伽国か」
メグミは、複雑な表情で、正面の地平を見据えた。
そのはるか先に伽国はある。
「メグミには申し訳ないが、伽国の王宮に利害の有る者だろう」
ヨシアは、リコを突き落とした場所に座っている。
「刺客は伽国の新しい王宮から送られたのだろう。わたしを殺して最も得する人間が、そこにいる」
メグミは、そう断言する。
「伯爵か」
トキヤは、メグミの横顔を見る。
「何故、生き残ったのがコンドエイ伯爵なのだろう」
メグミは、ただ空を見る。
「飛行コースも変えといた方がいいな」
ヨシアが、ミナミに。
「じゃあ、迂回させる?」
「予定から、あんまり遅れないよーにね」
モナモナが注文を付ける。
「了解。飛空石に聞いてみるよ」
「高々度の飛行も考えられるね」
「それもいいか」
ミナミとカレンが、デッキへと降りた。
「メグミもおいで、飛空艇の結界で、サーチはされないと思うけど、万が一ってことがあるからね」
「わかった」
メグミも、2人の後に続く。
「さっきの影、禁忌呪法じゃねえよな」
ヨシアは、立ち上がり剣を抜く。刃に一点の曇りも無い。
「2流の術師だね。系統的には、オーソドックスな言霊系。オカルトな付け香がされているけどね」
モナモナは、鼻をヒクヒクさせる。本当に臭いを嗅いでるみたいに。
「本物の禁忌呪法なら、あんな回りくどいことをしなくても、一瞬で飛空艇ごと消し去れるよ」
トキヤは、格納庫の四角い出っ張りの上に座って足をバタバタ。
「名前の割りに、おどろおどろしさは無いのよ。ただ、強力な効果があるだけ」
「それだけで十分、怖いぜ」
ヨシアは、2本の太刀を一振りして鞘に納めた。
「あたしたちのレベルじゃ、真の黒幕は手に負えないと思う」
モナモナは、いつになくシリアスな口調になっていた。
「ボクだって、まともに相手するつもりは無いよ。ただ何が起こったのかは知りたい」
「そーだな。顔ぐらいは見てやってもいいけどよ」
「メグミの話からすると美人だそうだからね。ボクと同じ海の族らしいし」
「そいつは期待してもいいな」
「命を賭けるほどの美人かどうかは、保証の限りじゃないけどね」
「ケリは着けるさ」
「逃げる勇気は持たないとね」
「心配するな。俺はまだ死ぬつもりはねえよ。その美人が、俺達の敵と決まったわけじゃないしな」
「いま何処にいるのかな」
「伽国の王宮の地下で、ビィの乳母をしているとも思えないけど」
「行ってみりゃわかるさ。『百聞は一見に如かず』って言うしな」
「へえ、ヨシアのくせに難しいこと知ってるんじゃん」
「ヨシアのくせにっては余計だ」
「試験に出たもんね」
「3回も同じ問題の追試をやれば、俺だって覚えるさ」
「そのぐらい試験の前に覚えろよ」
「それが出来たら、誰も苦労はしない。だろ、トキヤ」
「ボクに同意を求めないでくれる」
「……これだから勉強の出来る奴は」
「ヨシアの場合、勉強を全くしない奴になるのね」
「追試でしたさ。任せてくれ」
「それじゃ、格納庫の整理を任せるよ」
「おい、ちょっと」
「だって、任せてくれって言ったよ」
「あたしも聞いたぞ」
「元々、ヨシアの担当区域だし」
「さあ、頑張って来い」
「とほほー」
ヨシアは、がっくりと肩を落とした。




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Mambo Nekoyanagi