『みずや 改訂版』
作 猫柳まんぼ
「ヘックション!」
静麻の盛大なクシャミも飲み屋の喧噪に飲み込まれてしまう。
「うわ、汚ねえな、静麻さん」
正面から浴びせられた三吉は眉間にシワを寄せる。
「悪りぃ悪りぃ、ちと風邪気味なもんで」
「『みず』移しが近いんですから気を付けて下さいよ」
「心配するな、だからこうして燗で身体を暖めてるんじゃねえか」
「頼みますぜ、久し振りの仕事なんスから」
「実に半年ぶりか」
額に指を置いて回想する。
「流石に親父の頃とは違うからな」
「静麻さんのオヤジさんは、普通の仕事もされてましたぜ」
普通の仕事とは『みず』移し以外のみずや本来の仕事を差す。
みずやは臨終の際に死に水を取ることを生業としていた。
『みず』は人の記憶であり業である。それを抜くことにより極楽への道を有利にする。坊主の露払い的な役割だ。
「真面目な人だったからな、選り好みせずに来る仕事はすべて受けていた筈だ」
「静麻さんとはえらい違いだ」
三吉は目を閉じて深くうなずく。
「……悪かったな」
「静麻さん、何ですか……それは?」
静麻が弄んでいる小さな白磁の容器に目を留めた。
ガヤガヤとうるさいから少し声を高くしないと聞き取れない。
「『みず』だ。出がけに見付けた」
正確には畳の上に落ちていた。
『みず』移しではなく死に水だ。
「……見付けたって……罰当たりな扱いをしてますね」
「仕方ねえだろう、貧乏には勝てねえ」
つまり置くところが無いと言いたい。
「それと『見付ける』は話が違うような気がしますが」
三吉は渋い顔をしたままだ。
「明日にでも寺に預けて来るさ、親父が死んだとき全部預けた筈なんだが」
「静麻さんが取った『みず』じゃないんですか?」
「俺っちが汲んだ死に水はその家の者に渡してる……他はその足で寺に預けてるぜ」
「すると結構古いんですね」
「そう言や、子供の時分に見たような」
小さな容器を掌で転がした。
暫く振りに親父の夢を見た。たぶん親父の『みず』を舐めて以来だろう。
俺が子供の頃の親父だ。
みずやの装束を着込んだ背中が視界の全てを覆うぐらい大きかった。
「……」
親父が何か言っている。
俺は負ぶわれていることに気付く。
たぶん、お袋を弔った帰りだ。
何故かそう思った。
「静麻さん、静麻さん」
肩を揺さぶられて静麻は目を覚ました。
「おっ、あっ……三吉か……何だこんな朝っぱらから……」
迷惑そうな表情で答えた。
「朝っぱらからじゃありませんよ、いったい何処で寝てるんだか」
「おっ!」
いまさらながら自分が長屋の前で寝ているのに気付いた。
「静麻さん、ここまで帰ってきたんだからせめて中に入りましょうよ」
「……何で俺はこんなところで寝てるんだ?」
「スゲー酔っぱらって、ここまで俺が引っ張って来たのは覚えて無いんですかい?」
「おお、どおりで頭が痛い……おっ」
ズキッと額の辺りからグルリと頭を一周する全部が痛んだ。
「三公、てめえもここまで運んできたら、気を利かせて中に放り込んでおけよ」
「ここでいいって暴れたのは静麻さんですよ。挙げ句に蹴りまで入れられて……」
「おまえ、作ってねえか……それにしても寒いぞ、どうにかしろ」
「この陽気に外で寝れば寒くもなりますよ」
朝方は息が白くなる陽気だった。
「昆野先生のところに行きますか?」
「直人さんか……気は進まねえが……おお、頭が痛てえし……ゲホッゲホッ! 背に腹は代えられないってのはこのことだな」
激しく咳き込みながら三吉の手を借りて立ち上がった。
「おっ……」
昨夜弄っていた容器が懐から落ち弾みで少し漏れてしまう。
地面に『みず』の染みが出来る。
「やば……『みず』を粗末にしたら親父が化けて出るぜ」
直ぐに拾い上げると蓋を閉め直して懐に仕舞い込む。その一瞬だけ頭痛が消えるが、直ぐにまたぶり返した。
「おお……半端じゃなく痛てえぞ、三吉、どうにかしろ!」
「とにかく昆野先生に診て貰いましょう」
三吉は、静麻の幼なじみで現在は廓の若い衆の頭をしていた。
この界隈では強面で通っているのだが、何故かこのみずやだけには頭が上がらない。
出来の悪い兄貴のようで見捨てておけないというのもあるが。
頭が痛いのをどうにかしろと騒ぐ静麻をなだめすかしながら漢方医のところに引っ張って行った。
静麻が運び込まれた先の漢方医も患者と同じぐらい酒臭かった。勿論、今日に限った話では無い。
「どうした静麻、腹でも下したか?」
漢方医の昆野直人は酒臭い息を吐きながら、ぐったりしている静麻を診た。
「この陽気に酔っぱらって外で寝ちまったんですよ」
三吉が静麻に代わってあらましを説明した。
「なに、薬を飲ませてその辺に転がしとけば、直ぐにケロッとして動き回るだろう」
「……直人さん……頭が痛てえのだけはどうにかしてくれ」
ぜえぜえと荒い息を吐いている。
「頭が痛いのか?」
腕を組んで転がっている静麻を眺める。
「では、これならどうだ?」
静麻の腕を掴むとゴキっ!と肩の関節を外した。
「おおっ!」
息が止まるほどの激痛に声も掠れた。
「頭痛なんて高級なモンはお前さんには似合わんからな、ははははは」
「あの昆野先生、もしかしてもの凄く酔っぱらっていらっしゃいますか?」
三吉が心配そうに尋ねる。
「はははは、他がもっと痛くなれば、頭痛なんぞ吹き飛ばしちまう。これが摂理ってモンだ」
漢方医は禿頭を光らせながら笑う。
「……そ、そうですね」
三吉は逃げの体勢に入る。
「……!」
静麻は口をパクパクさせて抗議していた。
「わかったむ、わかった、いま暫く寝ていろ」
ツボを軽く突くと静麻はそのまま落ちた。
「……では、あっしはこれで失礼いたします」
三吉は後ずさるようにその場を後にした。
また、親父の夢を見た。
父は一度だけ母の水を分けてくれたことがある。
あれは私が六つの時、その年の流行り病にやられ、連日の高い熱に力も尽き掛けようとしていたころのことだ。
薄暗い部屋で布団にくるまり熱い息を吐き出しては、夢とも現とも着かない空間を漂っていた。
私の母はその三年前に世を去り、仕事で留守がちな父に代わって近所の婆さんが面倒をみてくれていた。
熱を出して一週間、私の記憶に正確な日にちなど無いのだが、件の婆さんが(オトキさんと呼ばれていた)その時の顛末を後々口癖のように語ったので間違い無いだろう。
一週間目の朝、いよいよ危ないと言う時に父は白装束のまま私の枕元に来てくれた。一月振りの顔に落ち着いた心持になったのを覚えている。
父は鹿皮の袋から硝子の水差しを取り出した。お水取りの道具を間近で見るのは初めてだった。
普段から父が肌身離さず持ち歩いていたし、例え置いてあったとしても子供の私が近付くことは固く禁じられていた。
ああ、父は私の『みず』を取りに来てくれたのだ……と、熱に浮かされた頭で思った。
「おとうちゃん、おいらの『みず』をとってくれるの?」
私の問いに父は笑みを浮かべて首を横に振った。
「坊の『みず』は、坊の子供に取って貰え、これはおかあちゃんの水だ」
『みず』で満たされている硝子の水差しを傾ける。
唇に硬い感触が当たった。
父の体温で温まっていたのだろうか暖かみを感じた。
『みず』がほんの少し口の中に注ぎ込まれる。
水差しとは反対に『みず』は氷水のように冷えていたが、夏の炎天下に井戸から汲み上げた清れんとした水に通じるモノがあった。
実際、熱でただれた喉にとても心地良かった。『みず』はただの水では無い。父が母から汲み取った『みず』だ。
『みず』が喉を通ると私は母に抱かれていた。母が子守唄を歌うとそれまでの熱の苦しみが溶解して消える。
目を覚ますと翌日になっていた。
酷い熱は去り数日おとなしくしているうちに綺麗に治ってしまった。
それが母の水を口にした最初で最後だった。
十数年後、父の『みず』を同じ水差しで私が取り、母の『みず』に混ぜて葬った。それさえもう五年も前の話だ。
顔に当たる息の感触に静麻は目を覚ました。
「静麻さん、大丈夫?」
大きな瞳が静麻の目を覗き込んでいた。視界はまだ滲むようにぼやけている。
「ああ……何とか……」
部屋には赤光が差し込んでいた。
「明け方かい?」
「違うよ、夕方だよ」
大きな瞳が瞬きをしながら覗き込んでる。息が詰まりそうなほど間近だ。
「夕方か……今日一日、寝て過ごしちまったのか……」
激しく損した気分になる。
「静麻さんは、お酒を飲み過ぎなんだよ」
大きな瞳に自分の顔が映っている。
「そんなに飲んだ覚えは無いんだが……」
と言うか、昨夜の記憶はほとんど欠落していた。
「もう少し眠ったら……まだ本調子じゃ無いんでしょう」
「ああ……まだ、頭に霞が掛かったようだ」
「眠れば治るよ……静麻のお父さんもそう言ってたよね」
「親父か……」
目を閉じると吸い込まれるように眠りに落ちた。
「お願いいたします」
山横目の大きな屋敷だった。使用人に案内された奥の座敷で女は畳に頭が着きそうなほど深く頭を下げた。一族の者たちがそれに従う。
「はい」
私も父に教わったままの作法で返した。
「こちらへ」
疲れ果てた表情の女は私を座敷の中央に敷かれた布団の枕元へと誘う。
「主人でございます」
痩せた男が薄く目を開け静かに呼吸している。初老と言うには早過ぎる年齢だが病魔が加齢していた。
弛緩した表情は命の灯火が消えようとしている証明だ。
「……」
男の唇がかすかに動いて、薄く開いた瞼の奥に私の白装束が映った。
「では、始めさせていただきます」
静かに『みず』を取る宣言をする。
「よろしくお願いいたします」
それだけ言うと女は口元を押さえて声を殺して泣く。それを家族の者が慰めるように肩に手を置く。
私は病人に向き直り、鹿皮の袋から父より譲り受けた硝子の水差しを取り出して注ぎ口をそっと男の乾いた唇に当てた。
男が目を少し開き息を深く吸い込む。
ひゅうという音が広い座敷を横切ること無く消えた。
水差しに『みず』が入る。
濁りの無い良い『みず』だ。
時間を掛けて『みず』を汲み出す。
音も無く『みず』は混混と水差しに溜まる。
この痩せ衰えた男の記憶。
『みず』こそ、人そのものだ。
人は水から生まれ水に還る。
本当のことは私にも分からない。
ただ父に教えられたまま仕事をする。
父もまた同じ。その父もまた同じ。そのまた父も……。みずやだから『みず』を汲む。
『みず』が溜まった。
男の唇から水差しを離し一礼する。
「ありがとうございます」
女は、また深々と頭を下げ涙混じりの声を出した。
男は、目を閉じてかすかに息を吐いた。
そして、そのまま静かになった。
『みず』を入れた白磁の小瓶を手渡すと女は大事そうに両手で包んだ。
「『みず』は、決して口にされませぬようお気を付け下さい」
かつての父と同じ口上を述べる。
「はい、わかっております」
女に戸口まで見送られる。
私は笠を目深に被って屋敷を後にした。
静麻が目を開けると辺りはすっかり暗くなっていた。
月光が差し込んでいる。
「何時だ?」
身体を起こす。ズキズキしていた頭はすっかりおとなしくなっていたが寝過ぎたせいで身体中の筋肉が硬くなって軋んだ。
少し動かせば元に戻るだろう。
肩に痛みが残っているのは……漢方医に間接を外された名残らしい。
「死ぬかと思ったぜ……まったくあの酔っぱらいは滅茶苦茶しやがる」
激痛を思い返して眉間にシワを寄せる。
「よお、静麻、目を覚ましたか」
部屋に明かりが灯り禿頭に反射する。その下にご機嫌な赤い色があった。
「顔色は良さそうだな」
漢方医は静麻の顔を覗き込んだ。
「ああ、もう何ともないぜ……肩以外は」
「これから暫くは玄関先で寝るのは控えた方がいい、肺炎を起こしていたぜ」
相変わらず酒臭い。
「どうりで二日酔いにしては酷いわけだ……」
力が入ると肩がズキッと痛む。
「肩の入りが悪かったか、どれ」
言うが早いか大きな手が静麻の肩を掴んだ。
ゴキっと大きな音がする。
「おおっ!」
激痛が肩から脳天に走った。
「これで、どうだ?」
「……はあ、はあ、はあ……今度は良くなったぜ」
涙目で答えた。
馴染みの居酒屋は何時にもましてガヤガヤと五月蠅い。
「今日は少し控えろよ」
「わかってますよ」
漢方医に説教されながら冷や酒を流し込んだ。
「ところで直人さん、昼間いた女の子は誰だい?」
静麻の顔を覗き込んでいた女の子ことだ。
「なに……女の子?」
漢方医は怪訝な顔をした。
「夕方に俺のところに来てたぜ」
「どんな娘だ」
「目のクリっとした娘だったな……顔は良く覚えて無いが」
「女の子ねえ……近所の娘……だったらおまえさんが知らないわけねえか……夢でも見たんじゃねえか」
「夢……それにしては生々しかった」
「自分の『みず』でも舐めてみるんだな……そうすりゃハッキリするだろう」
「なるほどそいつは思い付かなかった……が、自分の『みず』を舐めると気が触れるって言うぜ」
「ウチに入り込む年頃の娘は全員知ってるだろう。おまえさんが知らないなら儂も知らんぞ」
「すると夢か……」
納得がいかない表情をする。
「おまえさん、昨日は何であんなに羽目を外したんだ?」
「久し振りに『みず』移しの仕事が入ったんで前祝いに」
「『みず』移しか……確かに久し振りだな」
「いずれ無くなるものと覚悟してますよ」
「時代の流れだ。静麻のオヤジさんも怒りはしまい」
「親父は何があっても怒ったりするような人間じゃありませんよ。行儀作法は別ですけど」
「そうだな、おまえさんと違って人徳のある御仁だった」
「親父と比べたら誰だってそうですよ」
「はははは、そいつは言えてるか」
「それと昨日は、寒気がしたんで暖まろうと燗酒を煽ったわけで」
既に前兆はあったわけだ。
「仕事が無くなる前にてめえが消えないようにしておけよ」
「わかってますよ」
酒を一気に煽った。
「お帰りなさい……もう、また飲んで来たの? 身体が本調子じゃないんだからもっと気を付けなきゃ駄目よ」
自分の家に彼女がいた。
「えっ……?」
入口で思わず固まってしまう。
「どうしたの、早く入りなさい。せっかくお掃除したのにまた埃だらけになっちゃうでしょう」
大きな瞳が睨み付ける。
「あっ、ああ……」
女の子の迫力に押し切られて疑問をぶつける間もなく中に入った。
「ねえ、ねえ、ずいぶん綺麗になったでしょう」
夜でもそれとわかるぐらい整理整頓され、綺麗に雑巾がけまでしてあった。
「ほらほら、直ぐに寝たら、顔色が良くないよ」
てきぱきと布団を敷くと静麻の目を大きな瞳で覗き込む。
「えっ、あっ……」
思い出しそうになった。
「早く早く」
静麻を布団に叩き込んで電気を消してしまう。
静麻も迫力に押されて逆らえずにおとなしく布団を掛けられた。
「こじらせたら大変だからね」
日向の匂いのする布団は久し振りだった。
「……」
酔いも手伝ってか、ほんの数秒で落ちるように眠ってしまった。
夕刻、娑婆との境界である格子木戸を潜って郭に入る。大門ではなくこちら側は客の目に着くことは無い。
「お待ちしておりました」
番屋から現れた男は大きな身体を折って頭を垂れる。
私は笠を被ったままそれに応えた。
若い衆の頭とは旧知の間柄だが、このときは二人共に他人のように振る舞う。
「とうぞ、こちらへ」
猛禽の目付きを思わせる若い衆の頭は見世の者では無い。
彼らは穢れを扱い廓全体を守る。
案内されたのはとある見世の小さな離れだった。
今宵の仕事は久し振りに入った私の本業である『みず』移しだ。
「お入りになってお待ち下さい」
茶室を思わせる潜り戸を開けると顔とは不似合いの丁寧な口調で奥を指し示した。
「恐れ入ります」
一礼して座敷へと上がった。
真新しい畳の敷かれた部屋には伸べられた寝具以外は何も無い。
程無くして近づく足音が聞こえた。
一人では無い。
「お待たせしました」
愛想笑いを浮かべた油っぽい肌の男が入って来た。眼光の鋭さを頭のように表には出さず、注意深く笑みの奥に隠している。
私は無言で礼を返す。
「二人ともこちらに来てご挨拶なさい」
控えていた女が二人、私の前に座った。
「お久しぶりでございます、みずやさん」
ひとりは見知った顔だった。まだ彼女が新造の頃にいちど出会っただけではあるが、その整った目鼻立ちは良く覚えていた。
「ゆきめさんねえさんでしたね」
「はい、現在は美雪太夫と申します。おかげさまで手前どもではいちばんの花代をいただく花魁でございます」
男がゆきめの代わりに答えた。
「本日はよろしくお願いいたします」
花魁は深々と頭を下げた。
もうひとりの新造はまだ少女と言っていいだろう。
「お初にお目に掛かります、あやと申します」
少女は不安そうな眼差しを私に向けて小さな声で自分の名前を告げた。
「では、みずやさん後はよろしくお願いいたします。何か要り用のものが有りましたら、表に控えてる者に何なりとお申しつけ下さい」
見世の男は、必要なことを告げると二人の女を置いて出て行った。
「あっ、あっ、あっ……」
若い男に組み敷かれたゆきめは、私の前で控えめな嬌声を挙げる。
既に辺りは暗くなり、油の灯が仄かな光を出していた。
ゆきめの中に深く男根を沈めているのは、外の男が用意した若い衆のひとりだ。
他にも数人の若い衆が裸のまま控えている。
ゆきめの肌にうっすらと汗が浮かぶ。
まだほぐれたとは言い難い。
声にも固さが残り、肉茎に貼り付いた膣口の粘膜も渋さが残っていた。
それでもゆきめは、男を鳴かせる技で腰を使い、とろけそうな声をあげる。
早くも男の身体に力が入る。
「うっ……」
ギクシャクと腰を動かし精を放った。
精液がゆきめの膣を満たす。
「代わって下さい」
私の言葉にうなずいた男は、控えていた別の男にゆきめを譲り渡す。
肉茎が引き抜かれると膣口は直ぐにすぼまり精液を漏らさない。まだ、花魁である意識が支配している証拠だ。
「はあ、はあ、はあ……みずやさん、まだ続けるの……」
ゆきめの肌は汗にまみれて光り、乱れた髪は隠微な美しさを醸し出す。
「はい、暫し辛抱下さい」
「いいけど……あっ!」
別の男がゆきめを抱き起こして、私とあやに見せ付けるようにして自分の男根を彼女の中に押し込んだ。
まだ、ゆきめの身体はほぐれてはいない。
女が表に現れていなかった。
男の大きなモノが、ゆきめの膣口を大きく開いて出し入れされる。
「あっ、んっ……深く入っちゃうわ……あっ、んっ……」
ゆきめの声にあやは頬を赤く染める。
肉茎が根元まで入り、花魁は背中を仰け反らせた。
陰唇が充血し割れ目全体が開く。先に出した精液が押し出されて溢れる。
男は抱え上げたゆきめの身体を上下させた。
男女の交わる匂いが狭い部屋を満たす。
あやは目を背けることが出来ずゆきめの結合部を見詰める。
既に水揚げは済ませているから男女の交わりは身を持って知っているだろうが、ここまで間近で他人の交わりを眺めるのは初めてだろう。
「はうっ、ううっ……んっ、あっ、感じちゃう……」
演技では無い本物の声を漏らして腰を震わせた。膣口が収縮するのが見て取れた。
「……!」
男もまた腰を震わせる。射精の衝動を止めることが出来ずに達してしまう。
「次の方、お願いいたします」
控えの男は無言で頭を下げる。
「はあ、はあ、はあ……まだ、続けるのね……あんっ……」
今度は閉じきらずに腫れた膣口から二人分の精液が溢れ出していた。
「もう暫くご辛抱下さい」
「ふふふ、いいわ……そうね、思い出したわ……ねえさんも夜が白む頃までヤラれていたわね……あっ!」
新しい男根がゆきめの膣を貫いた。
「んっ……あっ!」
表情を歪ませるが苦痛のそれでは無い。
男はゆきめの両足を肩に担ぎ上げ身体を二つに折り曲げて腰を忙しなく動かし始めた。
肉茎の出入りする音に尻肉を打つ音が加わる。
汗が増して身体を光らせた。
「はあ、はあ……こんなに感じるのは久し振りよ……あっ、んん……くっ、激しい、あっ、あっ!」
勃起した乳首がゆきめの官能を現していた。
目を覚ましたがまだ暗い夜明け前だった。静麻はゴソゴソと布団から身体を起こして部屋を見渡す。
「……」
あの女の子の姿は何処にも無かった。狭い部屋は隠れる場所などありはしない。
また夢だったのだろうか?
自問しても答えが出で来ない。到底、夢とは思えない生々しさだったが……女の子の顔をちゃんと思い出せないのも事実だった。
印象的な大きな瞳以外、顔の輪郭さえ出て来ない。でも、まったくの見ず知らずとも思えなかった。
少なくとも女の子は静麻のことを知っている。
静麻も随分前から知っているような……それでいて思い出せないなんて、矛盾するのは十分に承知なのだが。
「……夢だよな」
結局、自分にそう言い聞かせて布団に潜り込んだ。直ぐにまどろみ始めた。
空が白む頃、私は水差しを取り出した。
犯され続けたゆきめは、男たちの精を溢れさせた部分を隠そうともせずに足を開いたまま横たわり荒い息をする。
あやは部屋の隅で膝を抱えていた。さっきまでは眠っていたようだが、空気が変わったのを感じたのか、いまは私をじっと見ている。
男たちには離れの外に出て貰った。
やっとゆきめのほぐしが済んだ。
「始めてくれるのね……」
「はい」
ゆきめは身体を起こそうとする。
「そのままで結構です」
水差しのノズルをゆきめの唇に当てた。
「あっ……」
ゆきめは快感の声を漏らす。
唇から身体を横断して熱を持ったままの割れ目へと水差しのノズルを移動させる。
「あん……」
ゆきめは、絶頂の後の弛緩した身体を再び強張せた。
開いたままの腫れた膣口に水差しのノズルを差し込んだ。
「んんん、あ……深く……ああ……んっ、奥に入っちゃう……あう!」
ビクッとして水差しのノズルを膣に咥えたまま気をやった。
あやはじっと私の仕事を見詰めている。
水差しの底に『みず』が溜ったのを確認して、ゆきめの膣からノズルを離す。
愛液が糸を引く。
「はあ、はあ……綺麗な色ね……ねえ、これでお終いなの」
自分の仕事を終えたゆきめは、大儀そうにゆっくりと身体を起こすと水差しを覗き込んだ。彼女の水は光を受けてキラキラと輝く。
「お疲れ様でございます。おかげでいい『みず』が汲めました」
「そう言って貰えると嬉しいわ、苦労した甲斐があるもの。ふふ、こんな綺麗なモノがあたしの中に残っていたのね」
「ええ、いまもございますよ」
「こんなに綺麗なのに毒なんでしょう?」
気だるげな表情は妖艶な色香を発散する。
「はい、他人の『みず』は猛毒。口にすれば命は有りません」
「不思議ね、それが移されるんだから……ふふ、前は何が何だかわからないうちに終わってしまったけど」
「その為のみずやですから、ご安心下さい」
「みずやさんの腕は信用しているわ。ふふ、いまのあたしが在るのも、みずやさんのおかげですものね」
「『みず』移しはきっかけですよ」
「ふふ、ご謙遜。あや、みずやさんの言うことをちゃんと聞くんだよ」
あやは自分の名前に身体をビクっとさせた。
「はい、おねえさん」
緊張に声が少し震えた。
「外の若い衆は帰らせるわ」
「……あっ、しかしまだ……」
あやのほぐしが残っていた。
「いくら若い衆でももう無理よ、あたしが全部吸い取っちゃったからね、あまり苛めたら可愛そうでしょう」
ゆきめは襦袢を身に付け、雪のように白い肌を隠した。
ゆきめの言うとおり、集められた若い衆の大半は精液を全部搾り取られ腰を抜かしていた。
「わかりました、私がいたします」
「それがいいわ……あたしのかわいい妹分をよろしく頼みますよ」
「お任せ下さい、ねえさん」
「ふふ、あたしはこれでお役ご免でしょう、戻ってもいいかしら?」
立ち上がるが足取りがおぼつかなかった。
「どうぞ」
「あや、いい女になるんだよ」
「はい、ゆきめおねえさん」
あやは心細そうな表情でうなずく。
ゆきめは満足げな笑みを浮かべて離れを出た。
離れを取り囲んでいた若い衆の気配も消え、私とあやだけになった。
「あやさん、こちらへ」
「はい」
あやは部屋の隅から私の前に来た。
緊張し過ぎて疲れ切っている。
「何も怖いことは有りませんよ、私に任せて下さい」
「はい……あの、みずやさんが優しい人で安心しました」
少しだけ緊張を緩めてくれた。
「では、着物を脱いで」
「はい」
うなずくと着物を脱ぎ傍らにきちんと畳む。
痩せた裸身に膨らみかけの乳房がある。
脚の付け根の間は赤くなっていて離れに来る直前まで客を取らされていたのがわかる。
「へっくしょん!」
ポンプをせっせと動かし、流れ出た冷たい水で顔を洗って大きなクシャミをした。
結構忙しい。
「うー、流石に冷たいね〜」
白い息を吐きながらのんきなことを言ってる。
「静麻さん、加減はどうです?」
三吉だった。
「もう何とも無いぜ、三吉はいま帰りか?」
「へえ、明け方まで賑わっておりましたから」
廓を守る三吉たち若い衆は廓と共に寝起きする。
「いいことだ」
「静麻さん、昨日は早速これを連れ込んだそうですね」
ゴツい小指を突き出す。
「まったく、元気になると直ぐこれだ」
ニヤニヤした笑みを浮かべる。
「……おい、誰から聞いた?」
静麻は反対に真面目な顔になる。
「隣のおかみが言ってましたぜ」
「……夢じゃなかったのか……」
「静麻さんもつまみ食いばかりしてると、そのうち刺されてキン●マをもがれますぜ」
「言って置くが、俺は昨日直ぐに寝たぜ」
「わかってますよ、静麻さん……黙っておきますよ、乙松ねえさんにでも知れたら一騒動でやんすからね」
肘で突く。
「乙松ねえさんは関係ねえだろう」
乙松は廓一の花魁で今度の『みず』移しの主役のひとりで、無論、貧乏人には縁のない存在だ。
「女というのは嫉妬深いもんですからね、静麻さんが他の女といちゃいちゃしたら面白くは思いませんぜ」
「……とにかく、俺は何もしていねえからな」
「そうです、それでいいんです」
三吉は、ひとりうなずく。勘違いしているらしいが正すのも面倒臭いので放棄した。
「ところで、俺の部屋から聞こえた女の声ってのはどんな声だったんだ?」
『ずいぶんと若い娘を引っ張り込んだもんだね』って言ってましたぜ」
「それだけかい?」
「聞いたことのあるような声だとか、でも姿を見ていないんでわからないとか」
「随分と根掘り葉掘り聞いたんだな」
「静麻さんの情報ですからね……知っておいて損は無いかと……こうして役立ってるわけだし」
「姿は見て無いんだな?」
「間違いありません」
きっぱりと断言した。
ゆきめから汲み取った『みず』をあやに注ぎ込むのが、私に与えられた『みず』移しの仕事だ。
『みず』を介して男を歓ばせる技を伝授する。
十分に経験を積んだ娼妓から買われて間も無い少女に『みず』を移す。
他人の『みず』は猛毒である。だから『みず』移しのみずやが毒を抜く。さじ加減をしくじれば命を落とすこともある。万が一にも失敗はゆるされない。
かつては廓に数人いた『みず』移しを専門のみずやも祖父の代からひとり減りふたり減りして、私の代に至って同業者は皆無となった。
私にしたところで『みず』移しを専門としてはいるが、それだけで食うことは出来ないでいる。
いずれ『みず』移しは完全に廃れるだろう。私はそれでいいと思っている。哀れな女を食い物にするだけの儀式なら、むしろ廃れるがいい。
私はその時が来るまで技を磨き、罪のない女たちに無用な苦しみを与えぬよう努めねばならない。もし私の技を継ぐ者があるなら、この業もまた受け継がれるだろう。
「静麻さん、こんなところで居眠りしないで、風邪をこじらせるよ」
肩を揺さぶられて目を覚ました。
河原の土手で転がっているウチに眠ってしまったらしい。
「おまえは……?」
大きな瞳が覗き込んでいる。静麻は女の子に膝枕されていた。
「好きなところで寝ちゃうのは、本当、変わって無いよね」
ため息混じりに話す。
「……どうして、そんなことを知っているんだ……」
「ふふ、だって……いつも静麻さんの近くにいたもの」
そう言って彼女は微笑んだ。
仰向けに寝たあやの太ももを大きく開いた。
「あっ……」
小さく声を漏らし顔を横に背ける。
露わになった割れ目は肉襞を充血させ、愛液に濡れ開いた状態になっていた。膣口の粘膜も厚みを増し少し濁った液を滲ませている。
「ほぐしますよ」
「お願いします」
指を差し込んで膣の具合を探る。膣口の腫れは破瓜の名残のようだ。真新しい傷跡が見て取れた。
「んっ……あっ……」
指が深く入ると声をあげた。膣の粘膜は熱く濡れて柔らかい。ゆきめの痴態が触らずともあやの肉を熱くしたのだろう。
数回、指を出し入れしてから私は自分のモノをあてがった。本来、ほぐしは他人に任せる主義なのだが……。
まずは肉茎を根元まで沈める。
「あっ……んっ……いっぱいに……」
最初の一応服で肉茎は濡れた色になった。
「ヘックション!」
目を覚ました静麻は、自分が河原の土手に転がっていることに気付いた。
「ありゃ……?」
膝枕してくれていた女の子は影も形も無かった。
夢とは違っている。
「あっ……そうか……」
そして思い付いた。唐突に思い出した。
「あや……」
あれはあやの『みず』だ。
以前に舐めた親父の記憶がそれに反応していたのだろう。
だから……。
『みず』が幻となって静麻の前に現れたのだ。
あやの身体を抱きかかえ下から突き上げる。
「はあ、はあ、はあ……あっ、あっ……んっ……あっ!」
荒い息とあえぎ声が混じり合う。
あやの腰が動き肉茎が膣壁に強く擦れ快感が増す。
お互いの身体が汗で濡れた。
「出しますよ」
「はい……あっ……んっ」
あやは掠れた声で返事をする。
最後の瞬間、あやの最も深い場所で精を放った。
「はあ、はあ……お腹の中が……んっ……あっ……」
あやは私にしがみついてブルっと震えた。
「四つん這いになって」
余韻の後に男根を引き抜く。
「あう……はあ、はあ……はい……」
カリが抜ける瞬間、あやは小さく声を漏らした。
あやは下半身をこちらに向けて言われるままの姿になる。赤く腫れた粘膜のそこだけは少女の面影を失いつつあった。
口を開けたまま膣口から精液が逆流して溢れ出た。
ゆきめねえさんの『みず』に最後の調整をする。
軽く水差しを振り、ギリギリまで記憶を削る。
不必要な記憶があやを苛まないように。
「では、移します」
あやの赤くなった粘膜に指で、ゆきめねえさんの『みず』を薄く塗る。
「あっ……」
お尻がピクンと震える。
「どうです?」
「はあ、はあ……はい、冷たかったから、びっくりしただけです……」
「あやさん、頭の中に何か見えるかい?」
「ええ、あの……」
あやの膣から新しい愛液が湧き出す。郭に身を置いてるとはいえ、少女の口からは言い辛い風景が浮かんでいる筈だ。
「内容を言う必要は無いから……見えるかどうかを教えて下さい」
「……はい……はあ、はあ……見えます……」
「ありがとうございます」
問題は無い。あやの膣口に水差しのノズルをゆっくりと差し込む。
「あうう……」
喘ぎを聞きながら水滴を垂らすと雫は硝子の管を通ってあやの膣へと消えた。
水差しを仕舞う。
あやは横たわったままうるんだ瞳で私を見る。男たちに組み敷かれたゆきめのように肌を汗で光らせていた。
「みずやさん、お願いがあるの」
口調と表情に、ゆきめのそれが混じる。
「何でしょう」
「みずやさんに預かっていただきたいものがあるの」
「私にですか」
「これを」
あやは、畳んだ着物から白磁の小瓶を取り出した。
「『みず』ですね」
「はい、あたしのおかあちゃんの『みず』です」
「あやさんが持っていては」
「いいえ」
あやは首を横に振った。
「あたしが死んだら『みず』をおかあちゃんの水と混ぜて欲しいの。だからみずやさんが預かって」
「わかりました」
「お代は必ずお支払いしますから、どうかお願いします」
ゆきめとは違う、すがるような眼差しを私に向けた。
あやの母親の小瓶を受け取り、私は廓を後にした。
娼妓の死に水は店にも拠るのだろうが、ほとんど汲まれている。だからあやが例えここで死んだとしても『みず』を汲まれないなんてことは無い。
それよりも私の方が先に逝くことになるだろう。小瓶はわたしの跡を継ぐ者に託すことになる。その者がいつ私の前に現れるかは分からないが。
日々は過ぎ、私がまた廓の格子戸を潜るまでに一年と少しが経った。
『みず』移しがなければほとんどお呼びがかかることは無い。
しかし、今日は『みず』移しではない。
普通のみずやの真似事だ。
「お待ちしておりました」
男が頭を垂れる。
昨日会ったばかりだが以前と同じように初対面のように振る舞う。
頑固にしきたりを通すのもいまはこの男ぐらいだ。
最近は裏の木戸もほとんど使われていないらしい。
「案内、お願いいたします」
私もまたしきたりに囚われたひとりだ。
しきたりがあるからこそ、こうして仕事を得ることが出来る。
「こちらへ」
私は男の背中に続く。
案内されたのは同じ店だった。
今宵は離れではなく暗い地下室だ。
かつての遊女の仕置き部屋であった場所。いまは病人を置いている。
いまも昔も女に辛い場所であることに変わりは無い。
見世の者は出て来ない。
別にここに限ったことではない。穢れは木戸から案内した男が扱う。
「お願いします」
病人の前で立ち止まる。
「はい……」
ゴザのような粗末な布団を掛けられた娼妓は見知らぬ顔だった。
そして少し遅かったようだ。
「亡くなられてます」
私の言葉に男は女の顔を覗き込んだ。
「失礼いたしました」
「いえ」
珍しいことでも何でもない。
「……」
暗がりから小さな咳きが聞こえた。
もう一人寝かされていることに今更ながら気付いた。
「失礼」
私は、その女に近付いた。
「みずやさん……お久しぶり……です……」
彼女には見覚えがあった。
あやだ。
別人のようにやせ細っていたが『みず』の匂いに変化は無い。
「叶野、そいつは労咳だ。それ以上近付くな」
男はしきたりを忘れて私の名を呼ぶ。
「心配するな、みずやにはうつらないよ」
あやの顔を覗き込む。
死期が間近なのは誰の目にも明らかだった。
死病を患った娼妓の末路は悲惨だ。
この暗い場所で生命が尽きるのをただ待つだけだ。
「この子を私に身請けさせて頂けませんか」
「こいつを……」
驚いたのだろう、言葉の語尾が途切れる。
「これも縁でしょう」
「いいだろう、俺が見世に話を通す」
男は初めて笑みらしきものを浮かべた。寂しそうな笑みだが。
背負ったあやは、驚くほど軽かった。
「……ごめんなさい、あたしお代、作れなかった……」
耳元で囁く。
「そんなことは、心配しなくていいですよ」
あやはきっとゆきめの『みず』を得た時、自分の病に気付いたのだろう、だから私に母親の水を託したのだ。
「みずやさんの背中、温かいね……」
「少しお休みなさい、まだしばらく掛かる」
「……はい」
あやの寝息を聞きながら私は足を速める。
彼女に残された時間は僅かだ。
布団に寝かせるとあやは目を開けた。
「おかあちゃんの『みず』……」
苦しそうに言葉を吐く。
「ちゃんと有りますよ、だから安心してもう少し眠りなさい」
あやを寝かしつけると私は風呂桶に水を張った。
あやの母親の『みず』を振りかける。
『みず』は水と混ざり合う。
私はふと父親のことを思い出す。
あのとき何故、私に母親の『みず』をくれたのか分かったような気がする。
あれは母の望みだったのかも知れない。
だから父はその思いに応えた。
「おいで」
あやの着古した襦袢を脱がせ、抱き上げる。
いまは恥ずかしそうに胸を隠した。
「あやのおかあちゃんが待ってるよ」
「おかあちゃん……」
嬉しそうな笑みを浮かべる。
私はそっとあやの身体を湯船へと下ろす。
『みず』は私の腕からあやを受け取った。
あやは『みず』に抱かれ安らいだ顔になる。
波紋が幾重にも広がる。
あやの姿は徐々に薄れ、やがて見えなくなる。
あやは母の『みず』に還った。
「たまには娑婆の空気もいいもんだろう」
静麻は白磁の容器を置く。
「……」
ふと、返事が聞こえたような気がした。
<了>
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