プロローグ




また白い部屋の夢を見ていた。
あの1年前の出来事は、鮮明で、いびつな形で再構成される。
ボクは、白い部屋にいた。
壁も床も天井もベッドもシーツも何もかもが白い。
ボクもまた……。
白いボクには、無数の白いコードが付けられている。
腕、首、背中、足、頭……沢山の白いコードは、ボクと白い機械を繋ぐ。
白い機械は、低いうなりをあげていた。
まぶたを閉じても白い空間は、広がり続ける。
夢の中のボクは、白い悪夢を見ていた。
白い悪夢は、拡散の夢。
ボクは、ボクの入れ物から流れ出す。
ボクは、床に広がり、そして白い部屋に満ちる。
広がる。
何処までも広がる。
ボクの白い身体がベッドに横たわっているのが見える。
何もかも白い。
身体も髪も唇もペニスも。
ベッドのボクは、目を開ける。
白い瞳は、じっと拡散したボクを凝視した。
言いようの無い恐怖。
悲鳴をあげたいのに声が出ない。
ベッドのボクは、それを見抜いたのか、嬉しそうな笑みを浮かべた。
白い舌を見せて……。

「お兄ちゃん、朝だよ、起きて起きて!」
浅葱に身体を揺り動かされて目を覚ました。自分の部屋。自分のベッドだ。
「ああ、おはよう」
女子校の制服にエプロンをした浅葱へ挨拶してから自分の手をじっと見た。
「どうしたの、お兄ちゃん」
「あっ、いや、今日の手相を」
「手相なんて、わかるの?」
まじまじと大きな瞳でボクの掌を覗き込む。
「後で浅葱の手相も見てあげるよ」
「後でね、ほら、いつまでもベッドでゆっくりしてると遅刻しちゃうよ」
ウインクして妹は部屋を出て行った。
ボクはもう一度、自分の手を見詰める。
何も変わっていない。
あたりまえのことに何故か安堵する。
あの一年前の実験の最中に見た夢を夢の中で繰り返す。
インパクトが強かったのは間違いないが、繰り返して見るほどのモノだろうか。
「思っている以上に自分が臆病なのかも」
実際のアルバイト自体、怖い思いをしたわけじゃない。ただ貰った臨床試験薬を飲んでベッドに横になっていてただけ。
消毒液臭い白い部屋。確かに緊張はしていた。
もう二度と戻ることは無いと思うと、少しリラックスした気分が戻って来た。
「お兄ちゃん!」
階下のキッチンから浅葱が呼ぶ。
「いま行くよ」
ボクは、パジャマを脱ぎ捨てた。
一瞬、消毒液の臭いを嗅いだような気がしたが、何処にもそんな臭いは残っていなかった。

二階から降りて行くと朝食の準備はすべて整っていた。
「コホッ!」
浅葱が小さな咳きをした。
「どうした、風邪か?」
ダイニングのテーブルに着いてテレビのリモコンをいじりながら問い掛ける。
「えっ、たぶん違うと思うけど」
配膳を終えた浅葱はボクの前に座った。
「酷くなる前に風邪薬を飲まなきゃ駄目だぞ」
「うん、たぶん大丈夫だとは思うけど」
「浅葱が倒れたらボクが日干しになっちゃうからな」
「希未(のぞみ)お姉ちゃんに作って貰ったら」
希未というのは、ボクたちの幼馴染の名前だ。
「希未ねえ〜」
「少なくともお兄ちゃんよりはマシな筈よ」
妹は、華奢(きゃしゃ)な肩をすくませる。
「でも、お兄ちゃんの作ってくれるお粥は悪く無いと思うよ」
「なるべく、それを作らせないでくれよ」
「わかってるよ」
お箸を振りながらニコっと微笑んだ。



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Mambo Nekoyanagi