SCENE002




ボクは、白い部屋にいた。
また、あの時の夢を見ているのだろうか。
ボクは、ベッドから身体を起こす。
手を見る。
白くは無い。
ボクには色が着いていた。
でも、裸だ。
床に降りる。
白いリノリウムの冷たくて硬い感触。
何処に行く?
選択の余地は無いか。
ここには、白い扉が1つあるだけだ。
白い部屋の白い扉。
ドアノブも白い。
それを掴んで、回転させる。
音も無く白い扉は開かれた。

「やっと、お目覚めね」
目の前に希未(のぞみ)の顔が有った。
「……希未」
ボクはベッドに寝かされているという自分の状況を発見する。
「ここは、何処?」
白いシーツ。
白い布団。
白い衝立。
白いカーテン。
でも白い部屋とは違う。
壁がくすんだクリーム色をしている。
「保健室に決まってるじゃない」
希未は、あきれたような表情を浮かべる。
「ああ、なるほど」
校舎からは出ていない。
当たり前だけど……ボクは、進路指導室で当たり前じゃないことをしてしまった。
「あの……どうしてここにいるんだろう」
「進路指導室で、倒れたの覚えて無いの?」
希未がボクの瞳を覗き込んでそう言ったとき、衝立の向こうから保健の先生が顔を出した。
「元気そうね、これなら歩いて帰ってもいいわね」
度の強い眼鏡越しにボクを見る。
「はあ」
「斎藤先生にお礼を言っておきなさいね、ここまでキミを運んでくれたんだから」
保健の先生は、ずり落ちた眼鏡を人差し指で戻すと、また衝立の向こうに行ってしまった。
「斎藤先生?誰それ」
知らない名詞だ。
「パンチに決まってるじゃない」
希未の顔は、またしても『呆れた』って書いてある。
しかも極太のマーカーだと思う。
「どうしてパンチが」
「それも覚えて無いの?」
「だって」
まさか、知らない女の人とエッチしてたなんて言えない。
「パンチの前で倒れたことも覚えて無いの」
「誰が?」
「そんなのあんたに決まってるじゃない」
「ボクが……倒れたの?」
ぜんぜん覚えて無い……と、言うより有り得ないことだ。
「頭打ったんじゃないの」
希未は心配そうにボクの頭を探る。
でも、痛いところなんかは無い。
あるわけが無い。
「頭は大丈夫だと思う、それに身体も何とも無い」
ベッドから身体を起こす。
「あんまり心配させないでよね」
「ごめん」
ネクタイを外されていたが、ズボンはちゃんと履いてる。
ベルトを緩めてあるけど、ファスナーはちゃんと閉まっていた。
そこは布団をめくる前に確認したけど。
「睦月さ、貧血起こすほど、いったい何を怒られたの」
「ちょっと待って、ボクは、本当にパンチの前で倒れたの」
「パンチがそう言ってたって話だよ」
「……そう」
では、あの女の人との体験は何だったんだ?
まさかあれが夢?
夢精?
でも、股間にそれらしき感じは無い。
「どうしたの、本当に覚えて無いの」
「あっ、いや、気が遠くなったのは覚えてるけど、夢が混ざってるみたいだ」
「そうかとりあえず、ちゃんと目が覚めてホッとしたよ」
「びっくりした?」
「睦月にびくっりさせられるなんて、いまに始まったことじゃないでしょう」
「それもそうか」
ベッドから降りて上履きを引っ掛ける。
「いったん睦月の教室に戻って、荷物を取って来るでしょう、それからパンチのところへ行ってから帰ろう」
「帰る?」
「放課後だよ、もう」
希未は、睫毛の長い目をパチッとさせる。
「えっそんなに寝てたの」
「うん、気持ち良さそうに。あたしなんか5時間目が終わってからずっと付いてたんだから」
「ごめん」
「何度も謝らなくてもいいわよ、出来の悪い幼馴染の面倒を看るのはあたしの勤めだもんね」
そう言って、最近また大きくなった胸を張った。
校庭で、カナカナとセミが鳴いている。確かにそんな時間らしい。

煙草臭い職員室でパンチに挨拶をしてから学校を出た。
パンチの話は、希未の話とほぼ同じだった。
進路指導室に入って直ぐ、パンチの目の前で倒れたらしい。奴が受け止めてくれたから、頭を打たなくて済んだようだ(一応、感謝しておくか)。
するとあの女の人は、パンチの腕の中で見た夢ってこと(うげげ)。
「怒られる前に倒れちゃったのね」
ボクは希未と並んで帰る。
「怒られて貧血なんてカッコ悪過ぎだよ」
「どっちもそんなに変わらないような気もするけど」
「うるさいな……でも、パンチの奴、何で昼休みにワザワザ呼び出したんだろう」
パンチは笑って『ああ、それならもういい』と言って教えてくれなかった。
「また倒れると困るから、言わないことにしたんじゃない?」
「驚くと直ぐ失神するとでも思ってるのかな、それじゃ狸だよ」
「狸ってそうなの」
「狸寝入りの語源だよ、猟師の撃った鉄砲の音に驚いて失神しちゃうんだけど、で、後でハッと気が付いて逃げ出す」
「まさに今回は、その手を使ったわけだ」
「何とでも言ってくれ」
「冗談なんだから拗ねないの」
ボクの頬を指で突付く。
それより、あの女の人との出来事が全部、夢だって方がショックだ。
昼休みの進路指導室で見知らぬ美人とエッチするという設定自体に無理が有るけど。
でも、あのリアルな感触は……。
「本当に何とも無いの」
希未の笑顔が曇ってる。ボクが考え込んだからだろう。
「心配いらないよ、お腹が空いてるけどそれぐらいだから」
ニッとした笑顔を見せてあげる。
「そっか、だけど原因がわからないってのも心配よね」
「大丈夫だよ。何とも無いから」
「また、倒れるようなことが有ったら、病院に行くのよ」
「うん」
まあ、そうだよなやっぱり。

「どう、久し振りに寄ってかない、浅葱も帰ってるだろうし」
家の前で希未を誘う。
「そうね」
「でも、学校で倒れたことは内緒だぞ、浅葱が心配するから」
「はいはい、妹想いの優しいお兄さん」
「ボクは誰にだって優しいぞ」
「知ってるよ」
突っ込んでくれるのかと思ったら、軽く流されてしまう。
「こんにちは」
先に希未が玄関の扉を開けた。

浅葱の作ってくれたお弁当は、希未の的確な指示で5時間目の終わりに薄情な友人たちの胃袋へと消えていたので、妹に心配を掛ける材料は無かった。
「希未お姉ちゃんが来てくれるのって、今年になって初めてじゃない」
浅葱は、コーヒーを三つ並べるとボクの隣に座った。
「こう見えてもあたしは忙しいのよ、一応、自治会の書記だから」
「希未お姉ちゃんて凄いよね」
「たいしたことはしないんだけど、雑用が多くて」
ボクたちは、ずっと兄妹のように育ったけど、さすがに最近は3人揃うことも少なくなった。
気恥ずかしいというより、会う理由が無くなったからだと思う。
ボクも希未も、もう子供とは言え無いし、かといって希未の恋人でも無い。
繋がりは幼馴染以外の何物でも無いわけで、だからこのまま自然消滅する関係なのかも知れない。
「睦月と浅葱ちゃんて本当に仲がいいよね」
「そうかな」
取り立てて自覚は無い。
「あたしは、一人っ子だからわからないけど、友達なんかいつも兄妹のことでブーブー言ってるよ」
「ケースのサンプリングに問題有るんじゃないか」
「そんなことは、無いと思うけど」
「でも、あたしお兄ちゃんにいじめられたこと無いから、その点は他の人たちよりいいかも」
「ほらね」
「妹をいじめて、何か楽しいのか」
「さあね、でも、それが普通みたいだよ」
「あたしもお兄ちゃんをいじめたりしないもんね」
「兄貴をいじめて、何が楽しい」
「ああ、それは何となくわかる気がする」
希未は澄ました顔でカップを口に運んだ。

浅葱がボクの部屋に来たのは、深夜に近い時間になってからだった。ボクはパソコンを終了させて妹の方を向いた。
「まだ、寝て無かったんだ」
「ううん、怖い夢見ちゃったの」
枕を胸のところに抱えている。
まるで小学生だ。
両親が揃って長期出張中で、そこそこ広い住宅にはボクたち二人しかいない。
いまに始まったことじゃないが、妹がたまに心細くなるのもわからないでもない。
「そこで寝ていいよ、ボクももう寝るから」
「ありがとう、お兄ちゃん」
希未の言葉どおりボクたちは、世間の兄妹より仲が良いのだろうか?
小さな頃から、2人っきりにされることが多かったから、喧嘩している場合じゃなかったのかも知れない。

子供の頃と違って、シングルサイズのパイプベッドに二人で寝ると、身体を密着させることになる。と、言うより浅葱の方からボクにくっ着いた。
初夏でもエアコンが、そんなボクたちを快適にしてくれる。
「そんなに怖い夢だったのか」
妹の髪に触れる。
「うん、とっても」
髪からリンスの匂いがする。それと女の匂い。
最近、浅葱の中に女を感じてしまう。
妹の髪を撫でるとボクの意思と無関係に真中の足に力が入る。
いや、全く意思と無関係と言うことは無いか。
ここで身じろぎするのも変なので、そのままにする。
浅葱に気付かれることも無いだろうし。
インモラルな快感を感じてるのは事実だが、妹が嫌がることはしない。
浅葱は目を閉じていた。
小さな寝息が聞こえる。
思考は、昼休みのあの女のところへ飛ぶ。
女の感触が鮮やかに蘇る。
ペニスを吸われた快感。
初めて触った女の穴。
ヌルヌルする粘膜。
ペニスが彼女の中に沈む様。
上下する黒い茂み。
『あっ、あっ、あん、あっ!』
女のあえぎ。
ペニスに絡む肉襞。
締めつける粘膜。
あれが、本当に夢だったのだろうか?
あの快感が夢?
すべて夢の産物?
まさか。
でも、現実はすべてあの出来事が夢だと証言している。
パンチもボクが『目の前で倒れた』って言ってるし。
ボクは、全然知らない……覚えて無い。
だって、あいつは進路指導室には居なかった。
ボクの記憶が現実ならパンチが嘘を吐いたことになる。
そうに決まってる。
だけどどうして?
嘘を吐かなければならない必然性が感じられない。
嘘を吐く代償。
ボクが進路指導室でエッチしたことをパンチが嘘を吐いてまで隠す必要は無い。
嘘が、奴にとって何の利益に結び付くと言うのか?
わからない。
それにあの女は。
覚めた後もリアリティーを保ち続ける夢。
そんなことって有るのだろうか?
暖かい妹の身体。
あの女の肌は、もう少し冷たかった。
中はとても熱かったけれど。
ボクは、ゆっくりと眠りに落ちた。



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Mambo Nekoyanagi